天才音楽家チリー・ゴンザレス、今度はピアノと弦楽四重奏作品
クラシック路線をさらに深化させつつ、音楽史の記憶を縦横無尽にシャッフル!カナダ出身のピアニストでありエンターテイナーの天才音楽家ことチリー・ゴンザレスが、名盤『Solo Piano II』に続く待望のアルバムを3年振りにリリース。幼年期の親密な音楽体験を珠玉のピアノ小品集に昇華した『Solo Piano』シリーズやiPadのCM曲収録の傑作アルバム『Ivory Tower』でコラボしたボーイズ・ノイズとの共作『Octave Minds』等、ここ数年クラシカルなフォーマットへの親和性を強めているゴンザレス。その結果として生まれたのがピアノ五重奏(=ピアノ+弦楽四重奏)という古典的な編成を用いた『Chambers』である。本作はこれまでのクラシック路線をさらに深化させつつ、過去300年の音楽史の記憶を縦横無尽にシャッフルしながら、彼でしか書き得ない“室内楽作品集”を作り上げてみせた。
バッハの前奏曲から引用したアルペッジョのたおやかな波が、いつしかブラームスのピアノ四重奏曲を思わせる抑制的な叙情に変わっていく「Prelude To A Fued」(M-1)。弦楽器のスタッカートが刻むミニマルの緊迫感が久石譲のようなスポーティヴなドライブ感を醸成していく「Advantage Point」(M-2)。バーナード・ハーマン「めまい」のフレーズを引用し、ヒッチコック/フロイトな悪夢が生み出す脂汗をじっとりと表現した「Freudian Slippers」(M-5)。これら3曲を含むアルバム前半を聴くだけで、ゴンザレスがいかに博学な知識を有し、それを斬新に再構築していく能力に長けているかーーそれはラッパーとしての彼の非凡な才能と無縁ではないーー改めて驚嘆せざるを得ない。いかにも彼らしいピアノ・ラグの間奏曲「Solitare」(M-6)を挟み、アルバム後半に入ると、ゴンザレスはいよいよ本題に入っていく。ロシア音楽のマイナーな作曲家グリエールに光を当てることで、「マイナーv.s.メジャー(=短調v.s.長調/少数派v.s.多数派)」という問題意識を先鋭化してみせた「Odessa」(M-7)。サザン・ヒップホップのリズムを弦楽器のオブラートで包み込み、クラシックで言うところのオスティナート(執拗反復)に読み替えてしまった「Sample This」(M-8)。要するに、彼は時間の隔たりも空間の隔たりも越え、あらゆるボーダーを越えようとしているのだ。ピアノ五重奏というポスト・クラシカル的な衣をまとっているとは言え、今どきの音楽シーンに突き刺さり続けるゴンザレスの鋭い牙は、確実に鋭くなっている。