電子音楽家agraphが辿り着いたバロック・エレクトロニックミュージック
今や電気グルーヴや石野卓球の制作面を支える要であり、電気グルーヴのライブメンバーとしても活躍する一方、ソロアーティストとしても、その繊細かつ穏やかなエレクトロニック・サウンドが高く評価されている牛尾憲輔のソロユニット“agraph”が、待望の最新作『the shader』の完成を発表し、トレーラー映像を公開した。
今作『the shader』は、さながら電子音の大聖堂のようであり、あらゆる技工を凝らし精緻で多様な意匠を盛り込んで人々を圧倒しようとした17世紀の建築様式になぞらえるなら、“バロック・エレクトロニックミュージック”とでも言うべき驚くべき作品である。
時として寄せては返す複雑な倍音構成の大波の繊細さは言うに及ばず、何も進行していないのではないかと思える瞬間にも、無駄と思われる音の粒子は何一つ存在せず、聴くたびに各シーンで新しい発見が待ち構えている。
牛尾憲輔という一個人が、この気の遠くなるような細かいコントロールを全て行っていることに対して沸き起こる畏敬の念を、是非一聴の上確認していただきたい。
agraphの新作を聴いて、おそらくは本人が思っていた以上に長い時間がかかったことが、しかと音の端々に刻み込まれている、そう思った。
そしてその結果として、これはタイムレスな作品になっていると思う。
最先端の電子音楽、というよりも、過去百年にも及ぶ音楽の実験と洗練の歴史が、独特なかたちで響き合っている。
たとえばブライアン・イーノの幾つかの作品が、あるいはスティーヴ・ライヒの幾つかの楽曲が、そうであるように、このアルバムもまた、十年後に聴いても、二十年後に聴いても、五十年後に聴かれたとしても、ある絶対的な新鮮さを放ち続けているに違いない。
-佐々木敦
タグ : クラブ/テクノ
掲載: 2015年12月08日 21:51