Alfa Mist(アルファ・ミスト)日本限定CD『Structuralism』
地元イーストロンドンに息づくグライムやヒップホップを肌で感じながらも、映画音楽を嗜好する彼の探究心は、作曲活動をはじめた15歳の頃から変わっていない。ビート制作におけるサンプリングの工程で、いつしかそのネタ元となるジャズや映画音楽にのめり込んでいき、17歳の頃には独学で鍵盤に触れる様になったという意外な経緯は、1作目のビート寄りな作風の”Nocturne”、ジャズ色を増した出世作”Antiphon”、そして、より映像的で味わい深い余白を感じさせる今作”Stracturalism”といった具合に、作品を追う毎に進化していく彼のキャリアそのものに反映されている。
彼の生み出す音楽は、ダークで複雑なつくりでありながら、それをまったく感じさせないほどにオーガニックでグルーヴィーに展開される。前作”Antiphon”で披露したその不思議な魅力は今作でも健在で、むしろより味わい深く、ロマンティックに進歩しており、John Coltrane、J Dilla、Hans Zimmerを愛するその音楽的嗜好は、Alfa Mistというフィルターを通す事によって、一切の音楽的矛盾や無駄な模倣を回避し、昇華表現される。それはまるで、様々な葛藤や影響、哲学を見聞した学者が纏め上げた、たった一行の公式の様に美しく削ぎ落とされていて、何より雄弁だ。
しかしながら、この若き音楽家は「コミュニケーションは僕の天敵なんだ。」と語ってみせる。前作では、アルバムを通してメンタルヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が用いられていたが、今作では議論文化や個人的な成長についての姉との会話が随所に鏤められている。彼は、今の自分を司るものはすべて、置かれた環境や社会から影響を受けたもので、コミュニケーションの術すら持たないところから、ここまでやって来たその過程が自身を形成し、それを認め、それが自分なのだと受け入れることが彼にとっての構造主義なのだという見解を示している。これは今まさに世界中から注目を集める人間が示す見解にしては、非常に醒めた視点ともいえよう。無名の新人が作った作品がノンプロモーションにも関わらず、YouTubeで500万回以上再生され、その後も、今や時代の寵児となったFrank Oceanに、彼の番組で自身の楽曲を紹介されたり、地元でシーンを共有する同胞のTom Mischの世界的な活躍を間近で目撃しても尚、彼の見つめる精神世界は、その音楽性と同様に、深く静かな闇を覗き込む様に美しく、鎮まっている。
今作も前々作と前作に引き続き、Jordan RakeiとKaya Thomas-Dykeが参加。Kayaはヴォーカルとアートワークも提供している。作品を彩るその他の演奏陣も前作とほぼ同じ顔ぶれだが、特筆すべきはRocco Palladinoの参加だろう。彼とYussef Dayes、Munsur Brownとのカルテットでのライヴ映像も話題となったが、そこからの縁で、あの偉大な父と同じベーシストを志す勇敢なジャズマンも制作に加わった。
このキャリア3作目にして、Alfa Mistのスタンスや哲学を、私たちは理解するのかもしれない。彼は自身の成長や変化に対して、最も自覚的であり、それを意識的に作品に取り込んでいる。彼は遥か遠くの一点を見つめ続け、そこに向かい思索を続けている。この音楽は何度も再生しなければならないし、そして何度でも再生してしまう。この音楽はときにこちらへと語りかけ、そして、ときに聴取しているはずのこちらの声すら聴き入れてしまう。ここには、構造との対話が生まれている。
【収録曲】
1..44
2.Falling (Feat.Kaya Thomas-Dyke)
3.Mulago
4.Glad I Lived
5.Jjajja’s Screen
6.Naiyti
7.Retainer
8.Door (Feat.Jordan Rakei)
9.(日本盤ボーナストラック収録予定)
【Alfa Mist(アルファ・ミスト)】
Alfa Mist Shot by Kay Ibraham
イースト・ロンドン出身の音楽プロデューサー/コンポーザー/鍵盤奏者。作曲、アレンジ、プロデュース、演奏まですべてを行い、近年盛り上がりを見せるUKジャズの一角にして、シーンとはまた一線を画す異彩を放つ。長きにわたり、Tom Misch、Jordan Rakei、Barney Artistら、出自も音楽性も違うアーティスト同士で交流を続けており、一種のプロデューサー集団の様な形で独自のシーンを形成している一方で、Yussef DayesやMansur Brown、Rocco Palladinoなどのオリジナリティ溢れる演奏家とも共演を重ね、即興演奏家としても頭角を現している。新世代のヒップホップ的音楽観と、ジャズの枠に留まらないフレキシブルな演奏で、複雑で重厚な楽曲を鮮やかに纏め上げた出世作”アンティフォン”は、YouTubeで500万回以上再生され、世界中で話題となり、ライヴチケットは軒並みソールドアウト。ここ日本でも、日本限定CDがロングセラーとなっている。最新作の”ストラクチュラリズム”では、映像喚起的な音楽性をさらに推し進めており、12年ぶりに最新作を発表するThe Cinematic Orchestraのロンドン公演ではサポートアクトに抜擢され、ジャンルに囚われることなく、さらに活躍の場を広げている。
掲載: 2019年04月23日 10:39