夢のほとりで生まれ変わったスピッツの名曲たち――スピッツ・カヴァー・アルバム誕生!
誰がどの曲を歌っているのか?というウェブ上のクイズも盛り上がった話題のアルバムは、現役選手、スピッツの名曲をカヴァ-する異色の企画作だ。本作は〈トリビュート〉にあらず、参加者が本家を奉り、愛情を表明し合うものとはいささか色合いが違う。かといって、同じ最前線で闘う者同士の挑発的な解釈合戦が繰り広げられるわけでもなく、各自がスピッツ・メロディーに袖を通して肌触りやフィット感を楽しみつつ試着するような印象が伝わってくる。〈夏休みの自由研究――スピッツ論文〉って感じのアルバムと紹介すればよいか。そういう耳で聴けば、バラバラな顔ぶれの集団に違和感なくスピッツ・メロディーが浸透、息づいている様に結構なインパクトを感じる。冒頭を飾る椎名林檎の“スピカ”など、〈ですます調〉の歌詞のせいもあるが、原曲に馴染みが有る無しに関わらず、彼女のオリジナルと言われれば誰も信じて疑わないだろう仕上がり。
いまやカヴァ-の名手と呼ばれる彼女の堀り師仕事の中でもダントツの部類に入ると思わせるほどだが、どちらかと言えば、楽曲が彼女の側にすり寄ってきている印象のほうが強い。そのあまりに自然な合体ぶりは奥田民生による“うめぼし”や、つじあやのによる“猫になりたい”でも見られ、たとえば未発表曲提供と偽っても許されそうな雰囲気。あるいは、解体チーム、POLYSICSの“チェリー”にしたって、ドッキリよりも納得の度合いが強いのは、原曲の骨組みの強さの点以上に生地としての有効活用力が働いているから、と考えたところで、そういや草野マサムネの作品には他者が歌った名曲が多数あった、と思い出す。簡単に動かし難い個性的旋律を持っていながらにして演者の輪郭にすんなり収まってしまうという、柔軟性とも呼べない不思議な力がそこには働いていた。素朴さとは無縁であり、スタンダードと呼ぶことにためらいを覚えるスピッツの作品が、これまでいかに時の流れを生き抜いてきたか考えさせるきっかけをこのアルバムは与えてくれるだろう。
今回、同時に過去の諸アルバム(91年の『スピッツ』から98年の『フェイクファー』まで)がリマスター復刻されるという素敵な事態も用意されているのでご一緒に。最後に、ユーミンと冨田恵一のタッグによる“楓”の〈荒井由実ぶり〉は最高。自身の手による過去の回顧作業よりもここにはリアリティーがある、と言ったら暴言? 彼女は一体何を思い出したのだろう?