フカサクの〈いつもギラギラした日々〉をDVDで振り返る
2003年1月12日。映画監督・深作欣二の訃報を聞いた瞬間に、こんな妄想を抱いた。菅原文太が葬儀の祭壇に向かって発砲。ひとこと捨て台詞。「弾はまだ残っとるがよ」。……まあ不謹慎といえば不謹慎ではあるが、日本のあちこちで同じように、「仁義なき戦い」(73年)のあの鮮烈なシーンからの妄想を思い浮かべて喪に服したヤツらがいっぱいいるんだろうなあ、と考えると胸が痛くなった。
もともとは、〈生きざま〉という言葉はなく、あるのは〈死にざま〉だ、とはよく言われることであるが、深作映画はそのふたつをまったく区別することなくまるでコインの裏表のように扱ってきた。「バトル・ロワイアル」(2000年)で、生徒同士の殺し合いゲームで一人ずつ死者が出る時の演出が、〈仁義〉シリーズとまったく同じであったことはパロディーでもなんでもなく、その精神がずっと運動し続けていることの証だった。「仁義の墓場」(75年)の渡哲也扮する石川力夫の〈生きざま/死にざま〉は、どんなパンクよりもパンクだ。たとえギターウルフが、使いすぎて劣化したテープを鳴らし「仁義なき戦い」のテーマでステージに登場しなくても、積み重ねられたアンプの上に登ったセイジには石川力夫の最期がダブる。「いつかギラギラする日」(92年)が登場する前から、そして最後まで深作映画は、いつもギラギラしていた。スクリーンの上では、銃の発砲音や車の破壊音や爆薬の破裂音と負けないくらいに登場人物は、叫んで喚いてののしってどなって泣いて笑って喘いで、と実にけたたましい。こんなにうるさい映画を撮り続けた作家もいないだろう。いつもギリギリの状態でみずからの〈生〉を訴え続け、そして死んでいく。それは決してヤクザ映画ばかりではなく、「青春の門」(81年)、「蒲田行進曲」(82年)、「里見八犬伝」(83年)などの文芸、娯楽作品においてもなんら変わりはなかった。高倉健と菅原文太の名を持つ息子、健太の手によって完成される「バトル・ロワイヤルII」(2003年公開予定)にも、その〈けたたましい〉DNAは受け継がれていることだろう。
さらに、今年の春、窪塚洋介の主演でリメイクされる「魔界転生」も、81年の深作版と同じようにギラギラしているだろうか。
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