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第17回 ─ 〈あきらめ〉を抱えながらファンクしたパーラメント

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2004/11/11   17:00
更新
2004/11/11   20:30
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る週間日記コラム。今週は、宇宙を舞台にファンク絵巻を繰り広げたファンキー集団、パーラメントについて。

11月5日(金) Parliament 『P-Funk Earth Tour』

  毎週毎週ロックン・ロールなCDばかり紹介しているので、「久保憲司はロックン・ロールなバカ野郎だ」と思われているかも知れない。ので、今週はファンキーな一枚を紹介します。パーラメントのライヴ盤『P-Funk Earth Tour』。今はけっこうPファンクのライヴCDが出ているけど、ぼくにとってPファンクと言えばいまだにこれ。暴動のようなお客さんの歓声を聴くと、「ぼくもその場所にいたかった」と思う。シュガー・ヒル・ギャングがこの時期のPファンクの前座をやっていて、ドラマーのキース・ル・ブランが「全ての会場で白人は自分だけだった。だからル・ブラン(フランス語で〈白〉)と言われるようになったんだ」と言っていた。なんか想像出来るな。

 ファンクとヒップホップの間にはブランクがあったように思われがちだが、シュガー・ヒル・ギャングとパーラメントがツアーしていたということは、本当はそこには壁などなかったのだろう。でもジェームス・ブラウンの『Sex Machine』と聴き比べると意識の違いをぼくは感じる。ジェームス・ブラウンのファンクには「俺たちどこまでもいくぜ!」というノリがあるが、Pファンクには「俺たち黒人はもうどこにもいけないんだ。だからファンクするんだ」というあきらめのようなものを感じる。このライヴでも、マザーシップ(パーラメントが思想の象徴として使っていた宇宙船)に乗っていくが、それが夢だったというオチがついている。

  ジミ・ヘンドリックスからの影響でロックを取り入れたのがファンカデリックと言われるが、ぼくは彼らから同じデトロイトのMC5やストゥジーズのダークでハードなロックに近い〈叫び〉を感じる。ずっとバス・ドラが4つ打ちを叩いている。それがファンクなのだ。そこに入ったら一生抜けられないような気がする。そのファンクのウネリが力となり革命を起こす。そんなことを当時の黒人たちは夢みていた。でも黒人たちの輪から外れれば、それがただの夢物語だということもよく分かっていた。だから彼らはファンクした。誰がそれを笑えよう、ぼくもファンクしたい。

P.S. 植草甚一さんのスクラップ・ブック『カトマンズでLSDを一服』の中で、「ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンが死んだのは、ニュー・ロックがもうやることがなくなって煮詰まったからだ」と書いてあって、おっさんむちゃ鋭いなぁと思った。自分で考えたのか、ローリング・ストーン誌にでも書いてあったのか知らないけど、よく分かっている。関係ないけど、海外の記事や本を訳したようなエッセイで原稿を書くのは楽しそうでいいよな。植草さんは普通にLSDの話を当時の週刊朝日とかに書いているし。ぼくも90年代初めにエクスタシーの話なんかを週刊誌に書いたりできたのかな? でも、ただの体験談になっちゃうからダメなのか。海外で起こっているアンダーグラウンドな話を一般紙に書くような仕事がしたい。