『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る週間日記コラム。今週は、デトロイト・テクノ第3世代ロス・ヘルマノスの新作について。
2005年1月3日(月) Los Hermanos『On Another Level』
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。去年の最後はオーディオ・スレイヴのトム・モレロとシステム・オブ・ア・ダウンのサージ・タンキアンがオーガナイズする団体のCD『AXIS OF JUSTICE CONCERT SERIES VOLUME 1』を紹介しました。そのCDで政治以上にグルーヴが、音楽が解放であり、自由だなどと偉そうなことを書きましたが、本年一発目もそのようなCDを紹介したいと思います。デトロイト第3世代のロス・ヘルマノス『On Another Level』です。
デトロイト・ミュージックの不思議さとは何なんでしょう。ほとんどの人はこのCDを聴いても何と感じないのかもしれません。でもぼくは彼らの音楽を聞くと胸が熱くなるのです。彼らの音楽から解放、自由への思いをなぜか強く感じてしまいます。ハウス・ミュージックがシカゴで誕生した時、その音楽に夢中になったデトロイトのデリック・メイ、ホアン・アトキンス、ケヴィン・サンダーソンは毎週車で6時間もかけて、シカゴまでフランキー・ナックルズやロン・ハーディーのDJを聴きにいったそうです。そして自分たちも自分たちの音楽を作りだそうとします。
ここでおもしろいのは、彼らの音楽がシカゴのハウス・ミュージックと全然違ったものになったということです。彼らの方が、ユーロ・ビートなどのBPMの早いゲイ・ミュージックを好きだったからなのかなとぼくは思います。日本ではユーロ・ビートは〈ださい〉というイメージを持たれがちですが、この当時80年代半ばユーロ・ビートはゲイの人たちだけではなく、ニュー・オーダーなどのイギリスの重要なバンドのインスピレーションの源となっていました。こうして生まれた音楽がデトロイト・ミュージックの第1世代です。イギリスのジャーナリストに自分たちの音楽を何と言うのと聞かれ、デリック・メイやホアン・アトキンスは「テクノだ」と答えたそうです。かっこいい。
イタロ・ハウスのバン・バン・ピアノにローランドのリズム・マシーンTR-909を一切加工してない生音の、これぞデトロイト・テクノというビートが絡む“Strings Of Life”この曲はイギリスのレイヴ・シーンのアンセム曲になりました。今でもクラブで盛り上がる曲の一つとして機能しています。“Strings Of Life”に応えるかのように作られた曲がジェフ・ミルズの“Changes Of Life”なんじゃないのかとぼくは思います。“Strings Of Life”のようなピアノ・リフをサンプリングし、ピッチを変えたスピーディーでアグレッシヴなリフは、フロアーにいるぼくたちを永遠にどこまでも連れていってくれるかのようでした。この曲はデトロイト第2世代を代表する曲ではないでしょうか。
そしてこのロス・ヘルマノスの重要メンバーであるDJロランドの“Jaguar”がデトロイト・テクノ第3世代の代表曲です。“Jaguar”にはジェフ・ミルズのあのグルーヴ、そしてデリック・メイが“Strings Of Life”後リリースした“Nude Photo”、“Beginning”の世界の延長線上にあります(今から考えるとこの2曲が現在のデトロイト・テクノのひな形となった革新的な曲と言っていいと思う)。当時は誰もがデリック・メイから第2の“Strings Of Life”を期待していたため、この2曲は評論家から総スカンを食いました。これがデリックを音楽制作から遠ざけた原因だったとぼくは思っています。「お前ら何も分かってないよ、やってられるか」ということだったのでしょう。
ロス・ヘルマノス『On Another Level』には、そんなデトロイト・テクノ20年の歴史が全て入っています。“Beggining”でイギリスの評論家たちがデトロイト・ミュージックが終わったと書いた時、デトロイト・テクノはたしかに終わったのでしょう。しかし、それから何年か後にベルリンを通過して、ジェフ・ミルズが出てきた。そしてまたデトロイトからDJロランドやロス・ヘルマノスが出て来た。しかも焼き直しじゃなく、新鮮なアイディアと共に。伝統芸のようにどんどんと受け継がれ変わっていく音楽、ぼくはそんな歴史を20年も近くで見れたのを本当に光栄に思う。
何回もデトロイトには行ったけど、なぜかモータウンのあの家には行きませんでした。どうせ観光地だろうからと思っていたから。でも2年前デトロイトのエレクトリック・ミュージック・フェスティヴァル〈MOVEMENT〉に行って今書いたような歴史を一日で体験したような気がしたぼくは、タクシーに乗ってあの家に行った。デトロイトの郊外にあると思っていたので、ぼくは車から見える景色をただボーッと見ていた。10分もしないのにタクシーの運ちゃんが「着いたよ」と言った。ぼくは反対側をずっと見ていた。横を見るとあの青と白の小さくって可愛い家が見えた。涙が涙が止まらなかった。何も変わってない、ここからアメリカの若い若者たちが自分たちの力を信じ、新しい音楽を作ったのだ。この家の下にある蛇の穴(Snake Pit)と言われた小さなスタジオでミュージシャンがひしめき合いながら数々の名曲を作ったのだ。ぼくには全てつながっているように思えた。モータウンもPファンクも、そして今作られているデトロイトの音楽も、決して解放されない人たちの音楽。でも彼らは自由になろうと諦めない、いやあるものはドラッグによって倒れ、あるものは全てに疲れ音楽を止めたかもしれない。でも彼らの音楽は永遠に続いている。だから彼らの音楽にぼくは自由を解放を未来を過去を感じるのだ。みなさんもこのCDから、いやどこからでもいいのでその流れに入ってみませんか。