『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、NY在住の新星ロックバンド、ウィ・アー・サイエンティスツをご紹介。
We Are Scientists『With Love And Squalor』
方向性が似ている曲が多いような気もするけど、全曲捨て曲なしの素晴らしいデビュー・アルバムなんじゃないでしょうか。3人バンドの疾走感に、歌いながらギターを弾くキース・マレーのセンスよいギター・リフが気持ちよい。カリフォルニアからニューヨークに3人で引っ越してきた時にレンタカー屋のオヤジに「お前ら学者か何かか?」と聞かれたことからつけられたバンド名らしい。センスがいいバンドなんだと思う。
昔のアメリカのバンドで、キュアーとかジョイ・デヴィジョンの影響下にいたやつらは、ことごとくダメだった。でも、このウィ・アー・サイエンティスツは、キュアーなんかのポップな部分やセンスよさを見事に自分たちのものにしている。暗い部分はどこかに捨てさっているのがいい。
ウィ・アー・サイエンティスツ、ルックスもスパイク・ジョーンズの映画に出てきそうなアメリカのオタク・キャラでいい。でもよく見るとキースは男前なのだ。マンチェスター・サウンドをアメリカ人がやったような(なんで今頃?)、クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーよりもぼくはロックなウィ・アー・サイエンティスツの方が好き。
ザ・ブレイブリー(ベースがポール・シムノンみたいでかっこいい)といい彼らといい、いまなんでニューヨークなんだろう。ニューヨークなんて物価が高くてバンドが成功する前にくたばってしまいそうなのに。そんな理由で、ちょっと前はシアトルやボストンといった都市からいいバンドが出て来ていた。それからまた状況は変わってきているんだろうか? かといってバンドを夢見て、ヒッチハイクしてニューヨークに行く途中で出会ったサーストン・ムーアとキム・ゴードンの時代な感じもしない。クランプスのあの2人もそうやって出会ったようだ。ニューヨーク・パンクに憧れ、ニューヨークに渡った日本人たちがその後のポスト・ニューヨーク・パンク・シーンの中核を担った時代もあった。ロンドンのロック・シーンも大変なことになっているみたいだし、海外のロック・シーンは面白いことになっているような気がする。
でも、基本的に今のアメリカのこの手のバンドはイギリスのマネージメント会社が見つけてきて、イギリスで商品にしているという感じがする。アメリカでは絶対に売れない。でもイギリスで百万枚とかのセールスを売り上げたりする。そりゃイギリスの会社がアメリカのインディ・レコードを買いまくるはずだ。条件は同じはずなんだけど、なんで日本人はそういうことが出来ないんだろう。
しかし、今のイギリスは凄い。出るバンドがどれもすぐ売れるという感じ。一方で、システムが出来上がってしまっているから、実は消えていっているバンドも多いのかもしれない。X-FMにスポットを打って、曲をガンガン流してもらって、コンサートはどれもソールド・アウト。昔は地方は絶対ソールド・アウトにならなかった。それにいま、イギリスには5000人収容のブリクストン・アカデミーを2日間ソールド・アウトにするバンドが何十組もいる。ぼくがロンドンに住んでいた頃はU2くらいしかそういうこと出来なかった。スミスでさえ、最後のライブがブリクストンだったのだ。ロックなんてなくなるんだろうと思っていたらアシッドハウスというかレイブの方法論をぶち込んでストーン・ローゼズがロックでも何万人というお客を集めることを証明して、そこからイギリスのロックの産業化が始まったんだろうな。オアシス対ブラーとか。
オアシスのレコード会社の社長だったアラン・マッギーの伝記の始まりが何十万人も集めたオアシスのコンサートのバーで、「何で私の席があいつより後ろなの」とマッギーに詰め寄る関係者の声をぼんやりと聞きながら、「こんなクソな奴のために今までやってきたんじゃない」という回想から始まっているというのも興味深い。
ジョン・ライドンの〈ロックは死んだ〉というかっこいい言葉を胸に秘めながらこの業界に入ってきたぼくだけど、それから何度ロックは死んだことだろう。どんどん悪いコピーになって甦ってきてるのかもしれないけど、ぼくはまだ新しいバンドに興味を覚える。どこかの小さなライブハウスで後に世界的規模になるバンドがライブをやっているかもしれないと思うだけで、ぼくは楽しくなる。出来るならそういうバンドが5人くらいのお客でやっている所を見たい。でもウィ・アー・サイエンティスツはもう売れちゃっているんだよな。イギリスに1年くらい住みたいなぁ。