『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、最新作『3121』で完全復活を遂げた天才・プリンスについて。
Prince 『3121』
殿下の完全復活嬉しいです。今作は『Batman』以来4枚目の全米チャート1位を取ったそうです。しかし日本では、一週間の売り上げでは完全にKAT-TUNに負けています。恐るべし日本のマーケット、アイドル。負けず嫌いのプリンスは、こういった情報をどこかから仕入れて日本の歌謡界に殴り込みをかけてきてくれないでしょうか。おもしろいことになると思うんだけど。まあ、ありえないか。
しかし、海外のマーケットは本当に小さくなりました。でも、いま15万枚売れたということは、買った人が10人の友達にCDに焼いて配ったと考えて実質150万人に聴かれているようなものなんじゃないでしょうか。そういうのって、70年代後半から80年代前半のカセット時代に戻ったような感じがします。大好きなアーティストを共有する。みんなで盛り上がる。楽しいじゃないですか。ぼくはべつに悪いことじゃないような気がします。
すみません、プリンスのお話でした。ぼくは、プリンスが黒人にありがちな、被害妄想を持ちすぎたおかしな人になっていくんじゃないかという不安があったのです。でもやっぱり天才は天才でした。前作『Musicology』と新作『3121』の完全な復活ってどういうことなんだろうと天才の仕事を全部聴き直してみたのですが、はっきり言うとプリンスはなんも変わっていないんです。“Musicology”のプロモ・クリップに見れるような、〈音楽に初めて触れた興奮をもう一度取り戻すんだ、もう御託はいらない、音楽だ〉みたいな宣言はかっこいいし、『3121』のジャケットから中ジャケまで全部自分の豪華な家を使った、〈俺の家に来い、楽しませてやるぜ〉感も最高なのです。この辺の原点回帰みたいなものがよかったんじゃないかと思います。
音楽は一緒なんですよね。プリンスお抱えの新人女性シンガー、テイマーのコーラスがプリンスのヴォーカルを幅広くさせているくらいの違いで。ヘヴィ・ファンクな曲、プリンスなではのメロディな曲、斬新なリズムと音、いつもプリンスにはあるものなんです。いまの斬新なヒップホップの音にやられている人たちがもっと斬新で気持ちいい音はプリンスだ! なんてことになっているんでしょう。
今回プリンスの作品を聴き直して思ったのですが、いまニュー・ウェイヴ・リヴァイバルをやろうとしている人たちには80年の『Dirty Mind』、81年の『Controversy』がパクリどころなんじゃないでしょうか? プリンスもこの時代はニュー・ウェイヴをやろうとしています。ぼくはこの頃のプリンスを、なんか無理して卑猥なことを歌って売れようとしているんじゃないかと感じて、あまり聴いてなかったのです。でもいま聴くとマジで凄い。『1999』、『Purple Rain』、『Around The World In A Day』もそういう理由であまり聴かなかったのですがこれも凄いです。
ぼくにとってプリンスといえば『Parade』、『Sign 'O' The Times』、『Lovesexy』の3枚です。レコード発売日にレコード屋さんに駆け込んでいました。“Sign'O' The Times”の〈フランスで痩せた男が小さな名前の大変な病気で死んだ。彼と同じ針を使っていたガールフレンドも同じように死んだ〉という出だし、いまだに鳥肌が立ちます。ぼくには、「20世紀少年」よりも凄い啓示でした。
で、なんでプリンスがふっ切れたのかということをぼくなりに想像してみたのですが、彼はフリーメイソンに入ったのではないでしょうか? 入ってないとしても、フリーメイソンの思想に感銘を受けたのではないかと思うのです。これまでも、宗教、ラリー・グラハムなど、色々なもの、色々な人が彼を支えてきました。そしていま、彼を支えているのがフリーメイソンの思想なんじゃないかと。『Musicology』にはダビンチの鏡文字や〈サウンドとは A SECRET(秘密) A VOW(誓い) A UNIVERSE(宇宙)〉という3つの基本理念の提示をしています(フリーメイソンにとって3という数字はとても重要)。『3121』というタイトルも、普通にプリンスの住所の番号だとは思いますが、なにかあるんじゃないかと勘ぐってしまうのです。
フリーメイソンと聞いて、「えーっ、秘密結社!」などと思わないでください。調べた限りではフリーメイソンはそんなに悪い団体ではなさそうです。ぼくが思うに、全ての人にやさしくできないから、なるべく兄弟は助けましょう。そして、その延長線上で世界もよくしましょう。という思想なのではないでしょうか。すみません、最後に変な話になりました。とにかく、みなさんはプリンスの素晴らしい音楽を聴いてみてください。