NEWS & COLUMN ニュース/記事

第65回 ─ アメリカ音楽の歴史を独自の視点で掘り下げるラカンターズ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/06/29   16:00
更新
2006/06/29   23:02
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ジャック・ホワイト+ブレンダン・ベンソン+グリーンホーンズからなるバンド、ラカンターズのファースト・アルバム『Broken Boy Soldiers』をご紹介。

The Raconteurs『Broken Boy Soldiers』

  アカデミー賞主要に5部門ノミネートするなど評価が高かったジョニー・キャッシュの伝記映画「Walk The Line」を凄く期待して観たのですが、なんかレイ・チャールズの伝記映画「Ray」が成功したから作られた作品という感じがしました。「Ray」は、大衆娯楽映画なのにレイ・チャールズの音楽の偉大さと彼に一生つきまとった影の部分、そこから解放されようともがき苦しむアーティストの姿を見事に描いていたから感動できたのです。

  でも、「Walk The Line」にも感動するシーンはありました。はじめの方のエルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイスとツアーするシーンです。音楽プロデューサーがTボーン・バーネットだから当たり前なのかもしれないのですが、〈これが本当の白人音楽だ〉という感じでした。ファンキーなんですよ。ロックンロールというか、カントリーのファンキーさを感じます。カントリーにはストーリーがあります。歌詞に物語がある。ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトがインタビューで「ストーリーが~」とよく言っているでしょう。これです。白人音楽にとってストーリーは重要なんです。

 ラップがそうであるように黒人音楽にもストーリーは大事です。でも、黒人には〈イェーイ〉と叫べば〈イェーイ〉という返事が戻ってきて、それだけで伝わる文化があるなと「Ray」を観て思いました。言葉よりもリズムでわかり合ってしまうみたいな感じですね。

  こんな音楽が交差し合うのがアメリカなのです。憧れますよね。でも、やっぱりこうして映画や本に収められていかないと忘れさられるものなんです。こういうことを独自な視点で掘り下げている人の集合体がラカンターズなのではないでしょうか? アメリカの王道シンガー・ソングライターの歴史を引き継ごうとしているブレンダン・ベンソン。それ以前のアメリカの音楽の歴史を現代に甦らせようとしているジャック・ホワイト。アメリカの音楽の歴史からはクズとされているけれど、パンクの元となったガレージ・サイケやヤードバーズなどのブリティッシュ・インベンションを今楽しもうとしているグリーンホーンズ。

  音楽業界がファルセットで〈君は幸せかい〉と歌える男を血眼になって探しているなか、そしてデトロイトなんてアメリカの都市じゃないと思われているなかで、自分たちの好きな音楽を作っている人たち。そしてその音楽は一曲ずつ〈この元ネタは70年代っぽい~〉〈60年代っぽい~〉などと色々な想像をさせてくれるけれど、どの曲もぼくの耳には新鮮な刺激を与えてくれる。音もいいんです。イギリスのミュージシャンはあまりエンジニアリングに凝る人たちがいないのですが、アメリカには多い。イギリスにも昔はジミー・ペイジとか凄いのがいたのに残念です。たぶんイギリスではアーティスックなエンジニアがたくさん育ったからミュージシャンはそこまで気を使わなくってもいいようになったということなんですかね。

  でも、なによりぼくがラカンターズで一番好きなのはやっぱりちゃんとしたポップスであり、ロックであるというところです。それがアメリカの音楽の歴史なんじゃないでしょうか? チェスもモータウンもサン・レコードもアメリカの田舎のマイナー・レコード会社だったけれど、彼らの夢はアメリカのトップ10になることでした。〈俺たちアンダーグラウンドだから〉なんて思ったことは一度もなかったと思います。

  ラヴやフレーミン・グルーヴィーズのカヴァーもやっているというラカンターズのライブが楽しみです。このアルバムではジャックはシンセをオーヴァー・ダブしたそうですが、ライブでもシンセを弾くのでしょうか? その時の機材は普通にミニ・ムーグなのか? アープ2600なのか? それともやっぱりチープにムーグ・プロディジーなのか? 日本製はやっぱり使わないよなぁ。うわー、考えると興奮してきた。

 PS:フレーミン・グルーヴィーズは、まさに歴史の片隅に葬り去られたバンドだと思う。ガレージ・パンクとパンクの橋渡しをした重要バンドなのに。でもぼくはよく思うんだけれど、ロックンロールからパンクへの流れは、途切れてはいない。67年から69年に突然起ったガレージ・サイケの爆発はレニー・ケイが72年か74年に『Nuggets』を編集するまで完全に忘れさられていたが、フレーミン・グルーヴィーズなどはいたわけで。それにニューヨーク・ドールズも活動を始めていた。ボウイはいたし、ロキシーも。で、75年にはピストルズがシーンに登場するわけだし、パンクというのは突然変異でもなんでもなく普通にロックロールの流れだとぼくは思う。そういうことをラカンターズはレコードオタクじゃなくちゃんと演奏で証明していってくれていっているんだと思う。かっこいい。