『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、“House Of Jealous Lovers”で一躍ポスト・パンク・シーンの頂点に上り詰めたNYバンド、ラプチャーの3年ぶりとなる新作をご紹介。
The Rapture 『Pieces Of The People We Love』
次なる展開に悩んでいるポスト・パンク・バンドの中では抜きん出た完成度のアルバムを作ったのではないでしょうか? トーキング・ヘッズの2枚目『More Songs About Buildings and Food』ぐらい完成されたポップ・アルバムだとぼくは思います。別に難しいことをやっているわけではないのに、どこか高尚でポップ。テレヴィジョンにも近いものを感じます。テレヴィジョンは暗いバンドという印象があるけれど、結構ファンキーでロックンロールなんです。
ラプチャーって何かに似てるなとずっと思っていたのですが、この前気づいた。20年以上前にエレクトリック・ギターズというむちゃくちゃかっこいいポスト・パンク・バンドがいて、そのバンドに歌い方がそっくりなのです。ガラクタを寄せ集めたドラムが印象的なバンドでした。その時期、マッドネスが日本の車のコマーシャルに使われて大人気となり、日本のコマーシャル界はちょっとしたイギリスのニュー・ウェイブ・バンド・ブームでした。ピッグ・バッグ、リップ・リグ&パニックと並んでエレクトリック・ギターズの曲も使われて、日本でも軽くヒットしたので憶えている人もいるかも。
しかし当時は楽しかった。エレクトリック・ギターズ、ファーマーズ・ボーイズ、ヒグソンズ、シリアス・ドリンキングといった、今はもう完全にロックの歴史から消し去られたバンドたちが、軍団のように集まってツアーをしていた。後にラッシュを結成するミキちゃん、エマちゃんもそうだっんだけれど、ぼくらはその軍団を追っかけるようにいろんな会場で暴れた。暴れたと言ってもビールを死ぬほど飲んで笑うだけだったけど。ポーグスやキング・カートもこの一派の流れだった。ほかにも知られていない踊れるポスト・パンク・バンドとしてはキング・トリガー、APBなんかがいた。ソウル・ジャズのコンピみたいにこの辺のバンドをコンパイルしたら面白いのに。
ラプチャーの歴史は、ニルヴァーナなどの普通のグランジ・バンドが好きだったヴォーカル/ギターのルーク・ジェナーが、昼のバイトだけでは食えないので、週末クラブのドアマンのバイトをしていたところからスタートする。自分の立っているドアの後ろから聴こえてくる大音量のダンス・ミュージックに興味を覚え、ダンス・ミュージックのガイド本から得た、シカゴ・ハウス、ディスコ、エレクトロといったキーワードを頼りに自分の興味の赴くまま、辞書を埋めていくかのようにダンスもののレコードを集めていったそうだ。その話を読んで、昔DJシャドウが「レア・グルーヴのシングルで知らないものはないというくらいレア・グルーヴは理解したので、今はサイケデリック・ガレージのシングルを集めている」と言っていたことを思い出してしまった。
今のバンドたちはジミヘンとニルヴァーナが同時に買える〈CD世代〉のバンドたちとよく評されるけれど、ぼくはそんなニューズ・ウィーク的批評は間違っていると思う。今のバンドたちも、昔のバンドが古いブルースのレコードを愛したのと同じくらい、深い所までディグし、その時代にもリスペクトを送っている。ラプチャーのメンバーが100円のエサ箱からエレクトリック・ギターズなどのレコードを見つけていたとしても不思議ではない。しかもNYで見つけていたとしたら、とてもいい話じゃないか。
『Pieces Of The People We Love』は、今一番旬なプロデュサー、ナールズ・バークレーのデンジャー・マウスなどをプロデューサーに起用している。ライナーを読むと、彼らはDFAと別れU2と同じマネージメントと共にもっと大きな世界で戦っていこうとしているみたいだ。PJハーヴェイなどを見てもわかる通り、U2の事務所に入ったということはちょっとやそっとじゃ潰れない。ラプチャーはこの後『Pieces Of The People We Love』のような素晴らしいアルバムをこれから何枚も作るだろう。でもまだ今作を聴くかぎりでは、ぼくは残念ながらU2を凌ぐ予感を感じない。だけど、ラプチャーはメジャーという新しいドアの前に立ったばかりなのだ。きっとルーク・ジェナーが初めてクラブのドアの前に立った時のように、バンドはメジャーというドアの向こうに新しい何かを見つけるだろう。ぼくが他のバンドよりも何故かラプチャーに目がいってしまうのは、彼らがきっとそういうバンドだと思っているからだ。