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第77回 ─ ジェイ・Zの体の中で生まれ、記憶される黒人全ての歴史

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/12/14   12:00
更新
2006/12/14   22:07
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文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、引退宣言と共にリリースした前作『The Black Album』から3年を経て、新作『Kingdom Come』で復活したジェイ・Zについて。

JAY-Z『Kingdom Come』

  リリー・アレンも尊敬するアーティスト、ジェイ・Z。恥ずかしながらぼくも尊敬しています。本当はインテリ・ヤクザのようなスヌープ・ドギー・ドッグが一番かっこいいと思っているんですが、しかしジェイ・Zの魅力、才能って一体なんなんでしょうね。ルックスはイモゴリラにしか見えないんですけど、そんなこと言ったら殺されそう。

  でも、ぼくがジェイ・Zに命を捧げてもいいくらい惚れたのは、マジソン・スクエア・ガーデンのコンサートと『The Black Album』の製作現場を完全収録したDVD『Jay-Z Fade To Black』で、ヒップホップを作った男リック・ルービンがジェイ・Zの録音現場をチェックしに来たビースティ・ボーイズの面々に向かって〈奴は全てのライムを憶えているんだ、紙に書いたりしないんだ〉と言った時。ぼくもまさにこれがヒップホップなのだと涙した。

  黒人文化とは口承文化だと言われてきた。その証拠がヒップホップなのだと言われてきた。しかしジェイ・Zからも〈ヒップホップを作ってきた奴ら、伝説〉と言われた彼らがびっくりするように、ヒップホップ、ラップとは実は数々のアーティストたちが悩み苦しみながら言葉を刻み、紙に書きながら進化してきたものだった。そして、ここに本当に自分の言葉を自らの血と肉のように吐き出しているアーティストを目にし、伝説達は神を見るかのように、〈これがラップなのだ、そして、これこそが本当の詩人であり、文学であり、音楽であり、人生なのだ〉と震えたのだった。

  そんな彼も燃え尽きたはずでしたが、『The Black Album』を上回る豪華なアルバム『Kingdom Come』をドロップしてくれました。もう完全にジェイ・Z劇場。ヤバいです。今作が9作目ですが、普通ラッパーの寿命って3枚くらいじゃないでしょうか? 『The Blueprint』で頂点を極めてからもセールス、クオリティを落とす事のないジェイ・Zの凄さは、ビートルズ、スティーヴィー・ワンダー、カーティス・メイフィールドをも超えているような気がする。このパワーはどちらかと言えば天才ジョージ・クリントンに似てるのかも。

  黒人で一番権威のある批評家ネルソン・ジョージは、〈なぜ黒人は前進すればするほど黒さが無くなっていくのだろう〉という名言を吐いていますが、『Kingdom Come』を聴くと、そんな言葉は評論家の机上の空論という感じがしてしまう。たぶんネルソン・ジョージみたいな人はジェイ・Zのロッカフェラなビジネスのやり方を白人的ビジネスと批評するんだろう。けれどもぼくには、〈ジェームス・ブラウンが、全ての黒人たちが夢みた王国、白人によっていつも壊される自分たちの王国を、今度こそ絶対壊させないぞ〉とジェイ・Zは言っているように思えるのだ。

  そうだ、ジェームス・ブラウンは黒人のラジオ局を持とうと奮闘した、パブリック・エネミーは黒人のテレビ局が必要だとアジテイトした。ジェイ・Zは自分たちの王国を守ろうとしている。その戦いをぼくは応援し、見続けたい。そしてそのストーリーをリアルにぼくたちに届けてくれるのがジェイ・Zなのだ。

  ナズからは〈お前のラップは公団住宅の窓から眺めた黒人の物語〉だと、50セントからは〈お前のラップは誇張をした黒人の物語〉だとビーフされる。でもあれは、すべて彼の体の中で生まれ、記憶される、物語なのだ。それは黒人全ての歴史かもしれない。いや、黒人全ての歴史があるから誰も彼を討てない、超えれないのだ。そして、そのジェイ・Zの言葉・行動がぼくたちを感動させてくれる。