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第79回 ─ !!!が獲得したサン・ラーやフランク・ザッパに匹敵する神秘的グルーヴ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/01/18   22:00
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、セカンド・アルバム『Myth Takes』を1月24日にリリースするディスコ・パンクの先駆的バンド、!!!(チック・チック・チック)について。

!!! 『Myth Takes』

  明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。みなさんは2007年をどういう年にしたいと思いましたか? ぼくは今年こそは海外に取材に行きたいなと考えています。だから頑張って仕事をしてお金を貯めるつもりです。場所はベルリンがいいかなとか、車の免許を取ったのでアメリカン・ハード・コアの歴史をひも解く旅もいいかな、などと思ったりもしています。

  その一方で、NYにも興味があります。たぶん住みやすくなったこと、短時間労働で割のいいバイトがたくさんある、などが理由なんですが、パンクを生んだのに長年ロック不毛の場所だったかの地から、おもしろいバンド、シーンが生まれつつあるような気もするからです。先日インタビューしたラタタットは「NYのシーンはどうなの?って、よく聞かれるけど、クラブであっても挨拶もしないような感じだよ」と言っておりましたが。とは言え、今回取り上げる!!!(チック・チック・チック)のメンバーの何人かもロスからNYに移り住んだわけだし、あそこには何かおもしろい動きがあるんでしょうね。

  しかし、!!!の移動は止まることを知らないかのように、今作『Myth Takes』は、なんとナッシュビルの貧困地区の一軒家を借りて、カルト集団のような共同生活をしながら作りあげたそうです。かっちょいい。まるでザ・バンドかグレイトフル・デッドといった正統派アメリカン・バンドのようです(ザ・バンドはカナダのバンドだけど)。

  そういえば!!!をフロント・アクトに大抜擢したレッチリも名作『Blood Sugar Sex Magik』を共同生活の中で作りあげましたね。こうして作られたアルバムに駄作はないというわけではないですが、『Blood Sugar~』のパワーはマジで凄いです。

 某誌では、そのパワーの秘密は音の太さであり、これこそアメリカン・ロックの凄さだ、と書きました。ビートルズの時代から、アメリカの音楽はとにかくぶっとかった。ポール・マッカートニーは「なぜ、ぼくらの音楽はアメリカの音楽みたいに音が太くならないの?」とことあるごとに言っていて、プロデューサーのジョージ・マーティンは「マスタリングが違うのかな……」と解決策に困っていたそうです。

  パンクの時もNYのデッド・ボーイズが、なぜか一番音がぶっとかった。ディーヴォも、ブライアン・イーノがプロデュースする前のアメリカ・インディ盤が一番音がぶっとい。B-52'sもそうだった。初期のグランジにイギリスの若者が夢中になったのも、音がぶっとかったからでしょう。シカゴ・ハウスもヒップホップもそうだ。イギリスのスタジオよりどう見てもボロボロの機材で、世界で一番へヴィな音を作っていた。

 このアメリカの音のぶっとさについて、日本人のミュージシャンはよく電圧の違いを挙げるのですが、でもこれを言いだすと最高に音がぶっとくなるのは240ボルトのイギリスのはずなんですよね。ぼくは某誌では肉を食う量が違うからと書いたのですが、このヴェジタリアン時代にそうも言ってられない。やっぱりロックンロールが誕生した国のぶっとさとしか言えないんです。この秘密を探ってみたくて、取材に行きたいなと思っているのです。

  『Myth Takes』は、まさにそんなアメリカの潜在能力みたいなものをドバッーと出した点が大正解なアルバムだと思っていたのですが、改めて聴き込んでみると、それ以上に、共同生活&ライヴをしながら作り込んでいったものだけが生むことができる〈Myth(神秘的)〉なマジックが素晴らしいと思う。それはサン・ラーとかフェラ・クティとかカンとかキャプテン・ビーフハートとかフランク・ザッパとかが生むグルーヴに匹敵する。ハードコアなパンク・バンドがダンス・ミュージックを経て、こんな世界に行き着いたのは面白いなと思う。パワー・アップした!!!を聞いてみてください。間違いなく2004年のフジロックを超えているであろう現在のライヴも楽しみです。