『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ディスコ・パンクを起爆させた張本人、ジェイムス・マーフィー率いるLCDサウンドシステムの新作『Sound Of Silver』について。
LCD SOUNDSYSTEM『Sound Of Silver』
LCDサウンドシステムの名曲“Losing My Edge”は〈ジミ・ヘンドリックスがギターに火をつけた日、俺はステージ袖でそれを見ていた〉〈セックス・ピストルズがあの映画館でロックの歴史を変えた日、俺は最前列でポゴを踊っていた〉〈クラフトワークがギターを投げ捨て、シンセサイザーのスイッチを入れた時、俺はスタジオの片隅でそれを見ていた〉などなど、音楽の革命の瞬間が次から次へと歌われる。そして〈俺はそれをただ見ていただけ〉とオチがつく。いつも最先端にいようとする奴をバカにする、もしくは知ったかぶりの評論家に、お前何もしてないじゃんと歌っているかのような、おもしろソングの傑作だった。
桑原茂一さん、小林克也さん、伊武雅刀さんによるスネークマン・ショーの傑作コメディ・レコードで〈俺、ヴォーカル。世界最高のロック・バンド作りたし。ギター、ベース、ドラム募集〉って張り紙出している奴をバカにするネタがあったけど、それに匹敵するくらい面白かったな。よくいるんですよね、別に楽器も何も出来ないくせに、歌が歌えると思っている奴。それは俺かい。昔のバンド仲間には本当に迷惑かけました。ジェイムス・マーフィーがこのレコードをヒントに“Losing My Edge”を作っていたら笑うな。オタクだからあり得るかも。
今作も1曲目からクラフトワークの“Robots”なリフが泣かせますね。3曲目“North American Scum”は今作の目玉曲。ランディ・ニューマンの名曲“Political Science”っぽい自虐ネタだけど、ジョナサン・リッチマンみたいな愛らしいヴォーカルが救ってくれる。4曲目“Someone Great”はOMD~シンプル・マインズといった80年代ブリティシュ・インベンションな感じが今までのLCDっぽくなくてグッド。
6曲目“Us v Them”はLCDの典型的なビートで始まって、それがトーキング・ヘッズ『Remain In Light』なファンクになるのがかっこいい。ベースはティナが弾いているみたい。そういえばこの前LCDが来日した時、ベースは女の子だったような。ギターのカッティングも最高。今までこんなにかっこよく『Remain In Light』を自分のものにしたバンドはなかったでしょう。8曲目“Sound Of Silver”は、〈ティーンエイジャーな気持ちが懐かしく思えてくる〉とサルソウルなコーラスで歌うのが笑える。でも今のクラブ・シーンの気持ちを見事に歌っているような気がしてちょっとホロッとくる。そしてラストの曲ではランディ・ニューマン風の語り口調メロディで、〈今のニューヨークはクリーンで安全だけど、面白くないよ。犯罪に溢れていた時の方がおもしろいものがたくさん生まれた。だから市長さん、勝手にNYを変えるのはやめてくれ〉と、皮肉だけど真実をズバッと歌い、アルバムを締めくくってくれる。日本盤にはボーナス・トラック3曲付き。
ラプチャーはロック・バンドになろうと苦戦していいアルバムを作ったけど、LCDサウンドシステムはESGとリキッド・リキッド以外に何がいると言っているかのようだ。ア・サーティン・レイシオはESGとリキッド・リキッドのコピー・バンドだったけど、最高のバンドだったじゃないか、彼らがしょうもなくなったのは真剣にラテンとかをやりだそうとしたからじゃないかと。
そういう精神はパンクだし、ジェイムス・マーフィーがDJの最後に絶対ガレージ・サイケのソニックスをかけるのと同じだ。さすがオタク、物事の真実を知っている。
あの80年代のNYのマッドクラブのフロアーに渦巻いていたミクスチャー感が真実なのだ。パンクとヒップホップ、もちろんハウスも同居し、ESGとリキッド・リキッドがライブし、アフリカ・バンバータがDJをしていた、あの場所、あの空間。それを見て、ハードコア・パンクだったビースティー・ボーイズが神から啓示を受けたあの瞬間。それ以外に何がある、それを取り戻したいだけだと『Sound Of Silver』は言っている。