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第88回 ─ シミアン・モバイル・ディスコが仕立て上げる2007年型ダンス・ポップ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/05/31   11:00
更新
2007/05/31   17:55
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ロック方面からも熱いラヴ・コールを受ける人気エレクトロ・ユニット、シミアン・モバイル・ディスコのデビュー・アルバム『Attack Decay Sustain Release』について。

SIMIAN MOBILE DISCO『Attack Decay Sustain Release』

  タイトルになってる〈アタック・ディケイ・サスティン・リリース〉ってシンセサイザー用語だけど、そんなに重要な機能じゃないような(そんなことはないか)。LFOとか808とかムーグとか、シンセ関連のいい言葉は、もう使われているからな。それぐらいこのシーンもだいぶ時間が経ったということだろう。プロディジーというのも、ムーグの一番安いシンセの名前だった。

打ち込み音楽は安い機材で作れるイメージがあるけど、実際は、良いシンセやリズムマシーン、ディレイ、高いコンプ、ミキサーなど色んなものを買わないとダメだった。でも今はソフト・シンセとかの性能が良くなって、コンピューターが一台あれば、本当にとんでもない音楽が作れるそうです。

確かに、ちょっと前まではシンセに囲まれている感じだった海外のDJたちのスタジオも、今はラウンジにコンピューターとモニターがちょこんとある感じで、そのクールさといったら。「俺も100万くらい使って自分ちの居間にマイ・スタジオ作ったろかい」という気分にさせられます。でもぼくは才能ないから、また100万円ドブに捨ててしまうんだろうな。でも音楽作りたいな。

ただ、機材状況がここまでくると、なんだかどれも同じ圧縮したような音に聞こえる。別にこういう音楽って昔のノーザン・ソウルとかガレージみたいなものだと思うから、どれも同じ音でもいいのかもしれないんだけど。キャバレー王の福富太郎さんがテレビで「これからのホステスさんはみんな整形して同じ顔になってしまう。だから勝ち残るためには整形するな」と言っていたんだけど、それと似た状況がこのシーンでも起こりつつあるような気がします。

  そんな中で何故かシミアン・モバイル・ディスコは別格なんだよな。よく出来ている。“IT'S THE BEAT”“HUSTLER”なんてフェリックス・ダ・ハウスキャットがやっていたようなことだし、“WOODEN”はデトロイトというかアシッドというか。でもそれを上手く今のポップスに仕上げているんだよな。この感じが、メンバーのジェイムス・フォードを色々な人が良いプロデューサーと評価する所以なんだと思う。決して新しい音にしてくれるとか、今風にしてくれるとかではなく、今の子が好きな感じのツボを心得ているという感じ。この微妙な違いを説明するのは難しいんだけど。

単純に言うと色々な音楽を2007年風に上手くまとめあげているのが、かっこいいなと。ニュー・ウェイヴっぽいとかそんなんじゃなくて、ジャンルの壁を取り払った感じでシミアン・モバイル・ディスコのサウンドにしているのがかっこいい。

  シミアン・モバイル・ディスコの前身であるシミアンというのは謎なバンドだけど、ベータ・バンドやエルボーといったジャンルレスなネオ・サイケが流行っていた時代のバンドだった。そういったセンスをバンド時代に身につけたのかもしれない。当時のバンド仲間はちゃんと“I BELIVE”で歌ってます。

  福富太郎先生じゃないけど、整形美人が増えるなか、今の空気感をリアルな音にして出しているのは間違いなく彼らだ。シミアン・モバイル・ディスコのもう1人のメンバー、ジェス・ショウは、イギリスの南東エリアで一番でかいモジュール・シンセを作ったそうで(キース・エマーソンもびっくりということだろう)、そういうのとも関係しているのかもしれない。影響されたアーティストにデライア・ダービシャーなんて名前も出ていて感動させられる(アナログ・シンセの最高の音を聴きたかったら、この人かクラフトワークだとぼくは思っている)。とにかく変なバンド、今一番気になる人たち。やっぱりミックスCDも買おう。