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第103回 ─ ベルリンの壁が崩壊した後も戦い続けるアインシュテュルツェンデ・ノイバウテン

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/12/27   13:00
更新
2007/12/27   17:46
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文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ドイツが誇るインダストリアル・ミュージックの重鎮、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの新作『Alles Wieder Offen』について。

 2000年に20周年記念ツアーを行ったアインシュテュルツェンデ・ノイバウテン。中心人物のブリクサ・バーゲルトは、2003年にはニック・ケイヴのバンドも辞めて、ノイバウテンにすべての力を注ぐことになった。彼らは自身のサイト〈neubauten.org〉でサポーターを募り、その支援のもとでアルバムを制作するなど、勢力的に活動を続けている。

  そして今作『Alles Wieder Offen』もそうした体制で作られたアルバムである。サポートした人には今作のスペシャル・パッケージ版が配布されたりと、色々な特典が付いていた。

ファン(パトロン)たちがお金を出し合いサポートしたことによって作られた作品を買うという、レディオヘッドとはまた違った形の新しいCDである。アートの世界ではこういう形式もありそうな気がするが、こんな形で上手く音楽作品にしたのはノイバウテンが初めてじゃないだろうか?

だからと言ってファンのためだけに作られたアルバムではなく、ちゃんと商業作品としても完成されたアルバムに仕上がっている。ノイバウテンの集大成のような楽曲たちに、これまでのどんな作品よりもブリクサらしいヴォーカル。そして詩に重点が置かれているような気がする。残念ながらドイツ語を知らないので、何を言っているのかよくは分からない。でもノイバウテンは音や声によって自分たちの表現したいことを伝えようとしてきたバンドなので、曲のタイトルや歌詞カードを見ながら聴いていると、彼らが言いたいことが伝わってくると思う。

今作はノイバウテンにとって3回目のサポート・プロジェクトの結晶なんだけど、これで興味を持った人は、きっと次に行われるだろう、彼らの4回目のプロジェクトに参加してはどうだろうか。

ウィキペディアによると、ノイバウテンのサポート・プロジェクトでは、2,000人が35ユーロ(約5,600円)のサポートをしたそうだ。「SPA!」誌で毎週「しょうもない仕事ばっかりしている」と嘆き悲しんでいる日本を代表する芸術家・中原昌也くんにもこういうサポートがあったらいいのにな。2,000人×5,600円で11,200,000円。中原くんが一年間悠々自適に生きていくのにはちょうどいい値段じゃないか。

すいません、話が横道にそれて。しかし、ブリクサもまともになったよな。初来日前くらいの時代には、ブリクサが浮気したとかで、当時つき合っていた彼女が怒り狂ってしまい、彼のベッドにガソリンをぶっかけて丸焼けにしてしまった部屋が雑誌で紹介されていたもんな。まさにノイバウテンな感じ。いや、彼らは火は使っていないし、音で表現するアーティストだけど。

  ブリクサは、ニック・ケイヴのバンドでさまよえるブルースマンのようにギターを弾いていたのもかっこよかった。ノイバウテンのDVD「Liebeslieder」で「ノイバウテンはイントロ/バース/コーラスという形式のアメリカ音楽ではない戦前のドイツ音楽、本当のドイツ音楽を取り戻すためにやっているんだ」と語っていたけど、その作業と平行して、ニック・ケイヴと共にアメリカ音楽のルーツを探す旅もやっていたのが、かっこいいなと思う。ヘンリー・ロリンズがノイバウテンのマークである一つ目小僧を入れ墨しているのがよく分かる。プッシー・ガロアもジャケットに使っていたよな。

  84年頃、ノイバウテンがどうして生まれたんだろうというのを知りたくて、壁が崩壊する前のベルリンに一ヶ月ほど住んだけど、いま思えば全然分かっていなかったな。壁がなくなって、あのベルリン独特の空気がもう感じられないのは残念だ。ぼくも大人になって、ノイバウテンが何を表現しようとしていたのか、いま彼らがどこに向かおうとしているのかが何となく分かるようになった。みんなに伝えたいけど、ぼくが書くより、イギー・ポップの『Idiot』を聴いたり、ノイバウテン誕生前夜のベルリンの若者たちを描いた映画「クリスチーネ・F」を見たりすれば分かるかもしれない。そして、ノイバウテンの初期の作品『Kollaps』『Zeichnungen des Patienten O. T.』も聴いてみてください。彼らがベルリンという特殊な空間の中で、どう戦おうとしていたのか、壁が崩壊したいまもぼくたちには響いてくると思う。そして、『Alles Wieder Offen』でいまも彼らは戦い続けているというのがよく分かると思う。