「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、英国の5人組エレクトロ・ポップ・バンド、ホット・チップのニュー・アルバム『Made In The Dark』について。
エイミー・ワインハウスのグラミー賞5冠制覇、凄いですね。アメリカのビザももらえない人にちゃんと賞を与えるなんて良い国です。アルコール中毒だろうが、ドラッグ問題を抱えてようが、「良い作品は良い」と言える国は良いですね。たぶん日本だとだめなんでしょう。こういうことを考えると、日本は誰も本当にいいものを推していないから、だめなんじゃないかと思ってしまいます。
ホット・チップの新作『Made In The Dark』、良いですね。前作『The Warning』から凄いことになっていたけど、今作はそれを完全に超える作品です。『The Warning』はマーキュリー・プライズにノミネートされただけでしたが、今作はマーキュリー・プライズを獲るんじゃないでしょうか。
ルックスは本当に冴えない5人なんですけど、何でこんなに凄いことになったんでしょうね。デビュー作『Coming On Strong』の頃は、アレクシス・テイラー(ヴォーカル)とジョー・ゴッダード(ビート・マスター/ヴォーカル)がアシッド・フォーク(?)な打ち込みをやった感じだったので、その後に加入したアル・ドイル(ギター)、オーウェン・クラーク(キーボード/ギター)、フェリックス・マーティン(ドラム/MPC)に才能があるんですかね。とは言え、決め手になっているのはアレクシスのヴォーカルなんですけど。
『The Warning』の頃から、ニュー・オーダーばりのソング・ライティング力を持ってるので、KITSUNE辺りの打ち込み系アーティストの中でも一歩抜きん出ているとは思っていたんですが、やっぱりこの人たちは本物ですよね。
ホット・チップが面白いと思うのは、エルボーやサウス、ダヴズみたいな、アシッド・ハウス以降のバンドと同じような方向性なんだけど、彼らよりずっと若い世代にアピールしているところ。完全にいまの空気感を持っています。シミアンがシミアン・モバイル・ディスコに生まれ変わったのと似ているかもしれない。なぜこんな、いまの音が出せたのですかね。オタクだからなんですかね。MySpace世代には、エクスタシー臭さやドープな香りより、どこかオタクな匂いが愛されるのかもしれない。
アレクシスのオタクな感じって良いんです。ロバート・ワイアットの新作『Comicopera』のライナーを彼が書いてるんですが、図書館でワイアットのアルバムを借りて、どういう風に作っているか研究したとかいう話が出てきます。イギリスの図書館って、かなりマイナーなアーティストのレコードもたくさん置いてあるんですけど、全部ボロボロで。その感じとホット・チップが凄く合っている感じがして、グッと来ました。ぼくはこのライナーを読んでホット・チップが好きになったのです。
『Made In The Dark』の素晴らしさって、LCDサウンドシステムなどがやっていることをモノホンのイギリス人がやっているところにあるんだろうなと思います。英国ニューウェイヴのダンス・シーンでの再評価って、どこかアメリカやフランスのフィルターを通過していた感じがしたんですけど、ホット・チップはイギリスの音そのままでやっている感じが良いなと。もちろん、プリンスとかアメリカのソウル・ミュージックの要素も入っているんだけど。
そして、そんな英国ニューウェイヴの先祖、ブライアン・イーノの、あの一連のソロ作に先祖帰りしている感じが良いんです。カンタベリー派とか、ロキシー・ミュージックとか、イーノとか、プログレやグラムの世界で「変わってるな」と言われていた人たちがエレクトロニックな方向に進んだ、パンク前夜のあの何とも言えない感じがぼくは大好きなのですが、それとどこか似ているなと。イーノがフィル・マンザネラとやっていたむちゃくちゃかっこいい801や、ビー・バップ・デラックスのビル・ネルソンがやっていたレッド・ノイズ、シンプル・マインズなんかが受け継いだあの感じ。ニューウェイヴ以降、いつの間にかその流れは消えていたんですけど、それがアシッド・ハウスも通過した後に戻ってきたかのような雰囲気がホット・チップにはあって、それがぼくは嬉しいのです。みなさんは若い耳で楽しんでください。