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第112回 ─ ロックとポップスが交差していた時代の面白さを甦らせるラスト・シャドウ・パペッツ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/05/02   23:00
更新
2008/05/08   17:59
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、アレックス・ターナー(アークティック・モンキーズ)とマイルズ・ケイン(ラスカルズ)による話題騒然のプロジェクト、ラスト・シャドウ・パペッツについて。

  おおー、ラスト・シャドウ・パペッツのデビュー・アルバムの1曲目“The Age Of The Understatement”のイントロなんか、モロにスコット・ウォーカーの“Jackie”(ジャック・ブレルのカヴァー)じゃないか。いまの英国の若い子もこういうのが好きなのかと思うと嬉しくなる。こういうのって、いまは古い日本人だけの琴線に触れるのかなと思っていたんだけど、英国人もまだ好きなんだね。

こういう感じの曲では、ぼくはヤードバーズの“Heart Full Of Soul”が一番好き、というか、世界最高の曲だと思っている。あとフェルトの“My Face Is On Fire”とか。歌謡曲&サイケ&ウェスタンな泣きのメロディーだけなのかもしれないけど、いい曲だなと思う。

  イギー・ポップもデヴィッド・ボウイに呼ばれてロンドンでレコーディングしている時、ロンドンの町をドラッグでぶっ飛んだまま歩きながら「“Heart Full Of Soul”はいい曲だな、あんな曲を作りたいな」と思って、“Search And Destroy”を作ったそうだ。“Search And Destroy”の元ネタはストーンズの“Jumping Jack Flash”だろうと思っていたからびっくりしたけど、イギーも“Heart Full Of Soul”をいい曲だと思っているというのは嬉しかった。

エリック・クラプトンは、プロデューサーが押し付けてくる“Heart Full Of Soul”(この曲の時はもうクラプトンはいないけど)や“For Your Love”などの歌謡曲みたいな曲をやってられるかと思ってヤードバーズを飛び出した。だから、ぼくもこういう曲はロックとしてダメなのかなとずっと思っていたんだけど、でもやっぱりいい曲はいいんだよな。

  クラプトンも、その後にクリームで“For Your Love”と変わんないような曲をやっている気がする。“White Room”とか、だんだんコードが下がっていくだけみたいな曲。それと“For Your Love”とのどこに違いがあるんだろうとぼくは思うんだけど。しかしサイケの時代は、みんなコードがただ単に下がっていくだけの曲を作りまくってましたよね。アシッドで飛んでいる時はそういうのが気持ちよかったんでしょうね。

ラスト・シャドウ・パペッツのこのアルバムは、職業作曲家というか、ロックと歌謡曲(ポップス)がまだ交差していた時代の面白さ、言葉とメロディーが上手く交わった時に生まれる不思議な力を現代に甦えらせようとしたアルバムなのではないだろうか? アークティック・モンキーズが自分たちの身の回りで起こっていることをラップのように歌っていたことに対し、このアルバムは恋や失恋の歌ばかりというのは、そういうことなんじゃないだろうか。

  〈あの子が欲しい 手に入れたい 2年たった、なのにまだおまえがやっている 終わらないゲームのことまだ話せない〉(“Standing Next To Me”)なんてちょっと滑稽な歌詞。でもそこに魂を込めれば、その曲は素晴らしいものになるというマジックを彼らも体験したかったのではないだろうか? ジャック・ブレル、スコット・ウォーカーなどがかけてきた魔法を自分たちも受け継ぎたかったのではないだろうか。

それは、ピジョン・ディテクティヴスなど、いまの新しい歌謡曲のようなロックへの怒りなのかもしれない。本当の歌謡曲のようなロックはもっと美しく、はかないんだと言っているような気がする。

しかし、このアルバムのジャケットを見ると、アレックスのセンスの良さに感動する。60年代の映画のワン・シーンのようだけど、ぼく的にはデレク・ジャーマンの映画のワン・シーンのように、はかなく、オシャレだ。デレク・ジャーマンってゲイだけど、エロチックだよな。ゲイの人って本当にいいセンスしていると思う。バンド名もアルバム・タイトルもデレク・ジャーマンの映画のタイトルのようである。

スコット・ウォーカー、そして、あのラヴが持っていたあの感じ。イギリス人が追い求めてきたサイケデリックというか何というか。それを見事にアレックスとマイルズ・ケインはまた新しく生まれ変わらせている。

  このアルバムについて、みんなスコット・ウォーカーとかジャック・ブレルとかを引き合いに出すんだろうけど(ぼくもそこから入ったけど)、ぼくが今作で一番感動するのは、凄くロックなアルバムなんだということだ。昔、渋谷系の人たちが、ボサノバだブラジルだとか言って、メジャー・セヴンスとかツー・ファイヴなどのコードを小賢しく使っていた感じじゃなくて、スコット・ウォーカー、ジャック・ブレル、バート・バカラックとかの本質を理解したうえで、ちゃんとロックしているところに感動する。やっぱり凄い人なんだよなというのを見せつけられたアルバムだ。