「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ジェイソン・ピアースによるサイケデリック・バンド、スピリチュアライズドのニュー・アルバム『Songs In A&E』について。
前にもこの連載で書いたかもしれないが、イギリス人というのは本当にサイケデリック・ガレージが好きだ。何でなのかなとよく思う。おそらくそれは、パティ・スミス・グループのギタリストであるレニー・ケイが、コンピ『Nuggets』を72年にリリースしたことに端を発するんだろう。スピードをやり過ぎたアメリカのホワイト・トラッシュによるロックンロールや、一瞬にして忘れ去られたアメリカのローカル・バンドを集めたこのコンピによって、ロックンロールの再評価が始まったのだ。これがパンクにもつながるんだけど、何かいいなと思う。
サイケデリック・ガレージのレコード漁りは、ノーザン・ソウルのレコード漁りと同じで、本当にいいよな。DJシャドウが「レア・グルーヴのレコード・コレクションは終わったから、いまはサイケデリック・ガレージを集めている」と言っていたのもかっこいいなと思う。このオタクな感じが音楽シーンを支えているのだ。
でもそれは、世界に一枚しかないレアなレコードだから探しているわけではない。とんでもなく凄い曲があるんだ、それをフロアで回すと世界が変わるんだ、という幻想のもとに倉庫を漁っているのだ。基本はただの3コード。そこに、壊れた感を出すために変なリヴァーブとか、ありえないエコーをかけたり。たったそれだけの音に、世の中が変わってしまうと思える衝撃を感じたから、もっと凄い曲はないかと100枚しか刷られなかったレコードを探すのだ。
ソニック・ユースのサーストン・ムーアにしても、その基本姿勢は同じだと思う。この前アトラス・サウンドというバンドを友達に教えてもらったんだけど、そのアトラス・サウンドことブラッドフォード・コックスの音楽に対する愛も完全にこれ。ボブ・ディランからクリスチャン・デスまで、何でもありの嗜好が凄い。この人が紹介しているCDは何でも好きになっちゃう。まさに本物のDJみたいな人なのだ。しかも、自分の曲は全部フリー・ダウンロードできるようにしていて、ジャケットまで作れるようになっている。さらに、この人が紹介しているバンドの曲まで、すべてダウンロードできるようにしてあるのだ。音楽の素晴らしさの前に、法律も何もかもがぶっ飛んでしまっている感じがいい。それでいて、本人はダウンロードで済ましているんじゃなくて、ちゃんとレコード屋のエサ箱から探してきている感じもいい。この人のブログをぼくは本にしたいなと思っている。中原昌也くんの「作業日誌 2004→2007」みたいな感じなんだけど。CDを買うだけで、人生を生きていける気にさせてくれるのだ。
スピリチュアライズドも、まさにそんな音楽愛に基づいた音楽を作ってるんじゃないだろうか。前身バンド、スペースメン3の名言〈音楽を作るためにドラッグをやって、そのドラッグのために音楽を作って……〉は〈音楽があるから生きていけて、生きていけるから音楽ができる〉ということを言っているような気がする。おー、タワーレコードのメッセージと一緒じゃないですか。
名作『Ladies & Gentlemen We Are Floating In Space』、そして、オーケストラからゴスペルのコーラス隊まで含め、100人以上が参加したとんでもないアルバム『Let It Come Down』、サイケデリック・ガレージとロックンロールの即効性に回帰した『Amazing Grace』。人から「えっ、いま頃サイケデリック・ガレージ?」とバカにされる音楽で、現代最高のロックを作ってこれたのは、どこまでも音楽に命をかけていたからだろう。
こんなことを書くのは不謹慎かもしれないが、そうやって命をかけてきた人だから、2005年に、死にかけるほどの病気に罹ったのかもしれない、とすら思ってしまう。肺炎が発端の病気だったそうだが、緊急入院して、集中治療室の中で人工呼吸器につながれ、息も絶え絶えの彼の姿に、家族や友人は彼の死を覚悟したらしい。
しかし、無事生還したジェイソン・ピアースは、「あまりにも奇妙なまでに美しかった」からと、その集中治療室での音を表現しようとしたそうだ(もちろん、ピヨーンとかプーンとか鳴ってるだけの、バカなサイケ野郎が作るような音楽じゃないですよ)。そして、それまでに書きためていた曲をチェックすると、それらの歌詞がすべて今回の入院を暗示しているかのようでびっくりしたそうだ。アシッド臭いエピソードですけど、ぼくはなんか分かるな。
そうして『Songs In A&E』ができあがった。いままで通りのサイケなアルバムなんですが、ジェイソンの声は少し割れ気味だし、音も奥深いし、何とも言えないアルバムです。ロックロール以上にサイケデリック・ガレージという音楽が重要な意味を持つイギリス人らしい彼の音楽を、ぼくは本当にリスペクトしています。
しかし、毎回物語を呼ぶ男ですな。そういうところもサイケという感じがするのですが。〈SUMMER SONIC 08〉でどんなライヴをするのかも楽しみです。