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第117回 ─ シガー・ロス、CSS、トリッキー……センスで魅了する3組の新作

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/07/17   18:00
更新
2008/07/17   18:39
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文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、アイルランドのシガー・ロス、ブラジルのCSS、そしてブリストルのトリッキーという3組のアーティストの新作について。

  シガー・ロスの新作『Med Sud I Eyrum Vid Spilum Endalaust』のジャケット、オシャレですね。パッと見たときは、ケミカル・ブラザーズのファースト『Exit Planet Dust』みたいな、ヒッピー時代の既成の写真を使っているのかなと思ったんですが、実際は、いま一番凄いカメラマンであるライアン・マッギンレーの写真だったので、やるなと思いました。ライアンを起用するなんて、やっぱりゲイの方はセンスがいいですね。プロモ・クリップもライアンが撮っています。そのメイキングもすこしだけ公開されているんですが、ライアンの撮影風景が垣間見れて嬉しかったです。

  ライアン・マッギンレーの写真は、ジャック・ピアソン的な、モデルなどを使って自分の夢を実現させて撮る感じと、ウルフギャング・ティルマンズ的なドキュメンタリーな感じとを、見事にブレンドしているように感じます。しかも、このふたりの天才アーティストを下地に、さらに前進しているようで、それがいいんです。おそらくノンケ(確証はないんですが)なのに。そうか、俺も頑張れば出来るのかという気にさせてくれるんです。500%無理だと思うんですけど。

音の方は、いままでの〈混沌のなかから光をつかむ〉というサウンドから、〈大気圏を突き抜けたら、そこには光り輝く世界だけが広がっていた〉というようなサウンドになっていて、このアルバムから新しいシガー・ロスが始まるんだと感じさせます。この前にライヴ盤を出したりしていたのは、やっぱりひとつの区切りだったんですね。ジャケットもまさにそんな感じで、いいなと思っています。

  ゲイの方もセンスいいですが、その次にセンスいいのは、やっぱり女性でしょう。CSSも、現代アート風なジャケットでかっこいいです。でもCSSは、友達だと思って信用していたマネージャーにトンズらされ、借金まで背負わされたみたいで、そんな自分たちのドジさを笑うかのように、アルバム・タイトルは『Donkey(ロバ、間抜け)』。ジャケットにも現代アートのオブジェのようなロバが……。自由奔放に好き勝手なことをやってきたようなCSSには、ずっとかっこよく走り抜けて欲しかったですが、こういうこともありますか。音はグランジなロックになっていて、かっこいいです。

CSSを始め、ゴシップやブラッド・レッド・シューズなどもライオット・ガールの思想に影響されていたりと、ここにきてグランジ周辺の感覚が再評価されているのは凄く不思議に思います。でも、グランジが登場したのも、もう15年くらい前。軽くひと時代回った感じなんでしょうね。CSSはポップにグランジをやっている感じが新しいなと思いました。

  グランジの頃って、イギリスはマッドチェスター真っ盛りで、MDMA~エクスタシーの影響を感じさせるサイケデリックな感覚が流行っていました。マッドハニーとかも、ちょっとサイケっぽい感じを出していたんですよね。CSSがシングルでカヴァーしていたブリーダーズの名曲“Cannonball”も、エクスタシーな感じと言われれば、そんな感じもします。その頃はアメリカ人がそういうのを採り入れるのはダサいな、と思っていたんですけど、いま聴くと、なにげにいいんですよね。CSSは、その辺の感じを上手く採り入れている感じがしました。

  男で趣味がいいと言えばこの人、トリッキーでしょう。ビョークまで魅了したんだから。って、えらい昔の話ですが。トリッキーの5年振りとなる新作『Knowle West Boy』は、いま話題の〈フィジェット・ハウス〉の立役者にして、早くもフジロックで来日する(ちょっと楽しみ)スウィッチをプロデューサーに迎えています。彼だけでなく、バーナード・バトラーもプロデュースしているそうですが、どっちが手掛けている曲なのか、サンプルを聴いただけでは分からなかったのが残念。ロックっぽい方がスウィッチで、従来のトリッキー色にエイミー・ワインハウスを思わせるニュー・ソウル風味を入れて、ちょっと明るくした感じなのがバーナード・バトラーだと思うのですが、どうでしょう。7月23日に発売されたら、クレジットをチェックしようと思います。

  今作には、スウィッチがプロデュースしたM.I.A.の名盤『Kala』みたいな衝撃はないんですけど、レア・グルーヴ時代の大ネタをアシッド・ハウス的な狂ったミックスで処理する(残念ながら今作にはそういうのないんですが)スウィッチとの共同作業を、元ワイルド・バンチのトリッキーは楽しんだのではないでしょうか。ちょっと明るくなったトリッキーのアルバムです。暗いときは、ライヴで顔も見えないくらい暗くなってたからな。あれはあれで凄かったけど。