「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、フィル・マンザネラとブライアン・イーノが中心となって立ち上げたプロジェクト、801のライヴ盤『Live』について。
恥ずかしながら良性発作性頭位目眩症という病気になった。頭を特定の方に動かすと起こる〈めまい〉なんです。急に寝たりすると頭がグルングルン回る。若年層に多いらしいんですが、44歳のオッサンが何で罹ったんでしょうね。原因ははっきりと解明されていないんですが、耳の中にある体のバランスをとるものが、ずれたことによって起こるらしいです。2、3週間で自然に治るらしいんですが、治らなかったら他の病気らしいんで、そんなことを考えると超不安になります。
もうひとつショックなことがあって。めまいが起こる原因を調べるために耳の検査をしたとき、お医者さんに「君、工場で働いているの?」と訊かれて、「エッ、週に2、3回コンサートに行くだけなんですけど」って答えたら、「そうなんだ。これからコンサートでは耳栓して。このまま行ったら、若いうちに老人性難聴になるかもしれないよ」って言われてしまったんです。ガーン。視力はずっと良かったから、耳も強いものだと思っていた。アー。
一時のピート・タウンゼントが、気が狂ったように、自分の周りを防音板で取り囲んで演奏していたことがあったが、その気持ちがむちゃくちゃ分かる。でも不思議なのは、ピートはもうそういうことをやっていないんだよね。聴力というのは一度落ちると治らないらしいんだけど、ピートを見てると治っているような気がするんだよな。ロジャー・ダルトリーも片方の耳がほとんど聴こえなくなったはずなんだけど、いまはすこぶる調子が良さそうだ。どうなっているんだろう。でもぼくも復活しそうな気がするんだよな。ギターを習いだしたら、いままで聴こえていなかった音、理解していなかった音が分かるようになったんだから。これはまったく違う話か。でも、頑張るしかないんだよ、そして、このバカテク集団801にいつか入るんだ。801はもちろん、もう存在しないんですけど、あくまで夢です。
801というのはロキシー・ミュージックのフィル・マンザネラとブライアン・イーノが中心となって作ったプロジェクトで、いまのポスト・パンクやアート・ロックなんかを聴いている人には絶対聴いてもらいたいアルバムが、この『Live』なんです。これがライヴ盤というのがまた凄い。録音は76年なんですけど、パンク前夜というか、後のニューウェイヴに多大な影響を与えた音なんです。ビートルズの“Tomorrow Never Knows”をカヴァーしているんですけど、何万曲とあるだろうビートルズのカヴァーのなかでも、一番かっこいいヴァージョンだと思います。あのサイケな曲を淡々とクールに演奏することで、余計サイケに感じるというか、新しいサイケになっているというか。ともかくこんな音楽、聴いたことないよという感じがするんです。曲名を“T.N.K.”と表記しているのも、子供の頃に見てかっこいいと思っていました。
そして、このバンドを同じようにかっこいいと思っていたのがバウハウスなのかなと思います。彼らは、このアルバムに入っているブライアン・イーノの“Third Uncle”をカヴァーしているんです。イーノのヴァージョンもそうですけど、完全にパンクの疾走感がありますよね。クラウト・ロックの感覚を取り入れようとしてるんでしょうが、イギリス人がやるとこうなるんですね。パンクはオールド・ジェネレーションの人から毛嫌いされていたというけど、初期の頃からセックス・ピストルズを支えたクリス・スペディングや、この801周辺の人たちの演奏を聴きながら、ぼくは演奏が上手い人たちのなかにもパンクを理解している人がいるんだなと感じていました。
このCDのライナー(執筆者はサイト〈霧の英国ロック〉の藤崎登さん。この人かっちょいい)で初めて知ったのですが、フィル・マンザネラって、後にディス・ヒートを結成するメンバーとクワイエット・サンというバンドをやっていたんですね。この『Live』でかっこいいベースを弾いているビル・マコーミックもそのバンドにいて、彼もディス・ヒートだなんて全然知らなかった。
このアルバムでもう一つ、世界で一番かっこいいところがあって、それはジャケットなんですよね。ただビルの手とフェンダーのプレジョン・ベースが写っているだけなんですが、本当にかっこいい。たぶん彼らがライヴをやったレディング・フェスティヴァルでの写真だと思います。時間は8時くらいかな、ちょっと日が暮れて来た空をバックにして、赤い照明が当たったベース。それだけで、このアルバムのすべて、いやイギリス・ロックの凄さとは何なのかを語っているような気がするんです。今回の再発はほぼライヴと同じリハーサルを完全収録したCDがついて、すこし高くなっているけど、それだけの価値はあると思う。ジャケットもオリジナルに忠実な紙ジャケ仕様だし。