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第133回 ─ レイヴ・サウンドで世界に抵抗するプロディジー

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/03/05   14:00
更新
2009/03/05   18:13
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文/久保 憲司

 「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、イギリスが誇るダンス・アクト、プロディジーの5年ぶりとなるニュー・アルバム『Invaders Must Die』について。

 構造改革の急先鋒から反グローバル主義に転向した中谷巌さんの「資本主義はなぜ自壊したのか」という本が売れている。日本がこれからどういう風に進んで行くべきか、というのを分かりやすく説明してくれていて、とってもためになる本である。

その結論がぼくと同じだったので嬉しかった。ぼくも友達に、中谷さんと同じことをよく言っていたのだが、自分は何の学歴もないし、経済のことも分かっていないから、何の説得力もなかった。でも、ハーバード大学経済学博士、小渕内閣の〈経済戦略会議〉の議長代理、ソニー株式会社取締役など、数々の輝かしい経歴を持ってる方と同じ意見だというのはとっても心強い。中谷さんは、これからの日本について、ヨーロッパ諸国のように消費税を25%にして、それを福祉目的税にして、保険料を払ったか否かに関係なく、すべての人に基礎年金が支払われ、すべての高齢者に最低限の生活を保証するのが良いと言っている。

ぼくもその通りだと思う。こうすることによって、誰もが老後に備えてたくさん貯金する苦労がなくなる。老後にお金がどれだけいるかなんて、誰も分からない。そんなわからないことのために、たくさんのお金を貯金する必要があるんだろうか? もし不幸が起きたら、その人のためにお金が使われるようにすればいいんじゃないだろうか。不幸になった人たちに「それはあなたが貯金してなかったのが悪いのですよ。自己責任ですよ」という世の中が、いい世の中なのだろうか。

消費税25%なんて払えるのかという恐怖はあるかもしれないけど、ぼくがイギリスに住んでいた4年間、消費税でそんなに苦労した覚えはない。病院はすべてタダだし。それにイギリスは、パンやバター、牛乳などでかかる生活必需費がすべて無税だった。まあ、日本だと、どれが生活必需品かどうかで何年も揉めるんだろうけど。

役人が駄目だから、また無駄使いされる、そんなに悪い奴ばかりじゃないよ。同じ日本人なんだから信じ合おうよ。昔の北欧みたいに働かなくなる奴が大量に生まれるかもしれないけど、仕方がないよ。働きアリもよく観察していると1割は一切仕事をしていないらしい。病気や老人介護、母子家庭、いろんなことで、どうしようもなくなって、苦しんでいる1割の人たちを助けよう。中谷さんも書いているが、日本は元々、こうやって隣近所で助け合ってきた。それが何故、こんな格差社会になってしまったのか。

  不思議な話なんだけど、イギリスでエクスタシーが流行ったとき、初期のレイヴでこそ警察はドラッグを取り締まったが、その後はドラッグをそれほど取り締まらなかった。みんながドラッグでぶっ飛んでいる間に、政府は経済のグローバル化を進めていたのだ。オアシスの“Live Forever”を聴いていると、どんなことがあっても生き続けていこうというメッセージの裏に、未来への不安感もあって興味深い(歌ってる内容を正確に理解しているわけではないんだけど)。〈あんたの家の庭がどんなにきれいかなんて興味ない〉という歌詞は、いまのイギリスのバブル崩壊を予見していたような感じがする。

イギリスのバブルはビッグ・バン(86年の金融市場改革)から始まったと言われているけど、ぼくはサッチャーの〈誰もが家を買えるようにする〉政策から始まったと思っている。みんなが家を買うことにより、経済は活性化した。でも、買った人間はローンによって仕事に縛られ、自分の本当にしたいことを諦めた。そんな人たちを横目で見ながら、オアシスのノエルは“Live Forever”を書いたのだとぼくは思う。お前は将来の安定を手に入れたかもしれないが、俺はずっと夢を追っていくよ、と。そして、そのように将来の安定を望んだ人がイギリスのグローバル化を進め、僕が住んでた頃のイギリスにあったイギリスらしさを失わせたのだ。

  ドラッグをやってぶっ飛んでいただけかもしれないけど、レイヴ・シーンは、そうして変わろうとする世の中への抵抗だった気がする。そして、このプロディジーの新作『Invaders Must Die』は、まさにそんな時代の感じを甦らせてくれる。当時の音を惜しげもなく使いまくって、レイヴ時代の反抗精神を取り戻している。

しかし、それはプロディジーを兄貴のようにリスペクトするハドーケン!などの新世代の若者たちに対して、「これが本物だ」と言っているわけではないのだろう。彼らもまた、あの時代を懐かしみ、キースが「世の中が辛い状況なら俺たちが変えてやる」と言うように、リアムが「俺たちがレイヴ・カルチャーに夢中になったのは、あれが反乱を起こすシーンだったからだ」と言うように、そこにいまを生きるヒントがあるのだと、確信をもって主張しているのだ。そうして、また新たなプロディジーのビートを鳴らしている。強くなって帰ってきたプロディジーの音は本当にかっこいい。