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第134回 ─ 吟遊詩人としての道を歩むピート・ドハーティー

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/03/19   15:00
更新
2009/03/19   18:14
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文/久保 憲司

 「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、リバティーンズ~ベイビーシャンブルズを率いてきたUKロック界の問題児、ピート・ドハーティーの初ソロ作『Grace/Wastelands』について。

 前回は、中谷巌さんの「資本主義はなぜ自壊したのか」という本の紹介から入ったのですが、今回は、まず山森亮さんの「ベーシック・インカム入門」という本を紹介させてください。ベーシック・インカムとは、Wikipediaからコピペすると〈すべての個人にベーシック・ニーズを満たす一定額の所得を給付する制度・構想〉である。中山さんも「資本主義はなぜ自壊したのか」のなかで〈還付金付き消費税〉という、ベーシック・インカムに近いアイデアを出していて感動したが、山森さんの本を読むと、ベーシック・インカムの歴史がよりラディカルで素晴らしいのに感動する。身体障害者など、社会的に一番苦労している人たちの目線で考えることの重要さ、そう考えることによってしか未来は開けない、真の自由はないんだという姿勢に感動したのだ。

  〈LIVE 8〉などでU2のボノが、途上国の債務を帳消しにすることなどを主張している意味が、ここから見えてくると思う。ラディカルになるしか、自分たちを救う道はないのだ。少しでも妥協すれば、ぼくたちはまたラット・レースを走らされるのだ。「ベーシック・インカム入門」にも出てくるマルクス主義者にして政治活動家、かつアウトノミア運動の指導者でもあったアントニオ・ネグリの考えは、子供の頃は単に過激にしか感じなかった。でも、大人になると、なるほどと分かるようになってきた。アントニオ・ネグリの〈生きること自体が報酬の対象になる〉なんて言葉はかっこいいよね。「ベーシック・インカム入門」、いい本なんで読んでください。

自分がこのままいくと年収200万以下の低所得者になるぞという恐怖感から、こういう風に「世の中がもっと良くなったらいいのに」みたいなことばかり考えているんですが、本当はピート・ドハーティーのように、そして中世の吟遊詩人のように、「世の中はこんなもんだ」という感じで歌って暮らせたらいいなと思ってます。

  でも、ピートは全然悠々自適じゃないみたいですけどね。むちゃくちゃリバティーンズの再結成を望んでいることなんかも、お金が必要だからという感じがするんですよね。しかし、どれだけお金が必要なんでしょうか。ジャンキーだなんだとあれだけ言われながら、誰よりも作品を作り続けているのに。しかも、そのクオリティーが全然落ちない。ミニストリーのアル・ジュールジェンセンも、ジャンキーになったときは、リヴォルティング・コックスやラードなどの別ユニットまで立ち上げるなど、その創作意欲はとどまることを知らなかった。でも、そういう勢いって、だいたい2年くらいで萎んだりするものなのに。

ちなみに、この時期のアル・ジュールジェンセンは本当に凄くて、ぼくは天才だと思っていたんだけど、フロント242のメンバーに「アル・ジュールジェンセンはなんで天才なんだ?」って訊いたら「スピードをやっているからだよ。曲が出来て仕方がないみたいよ」って言われて落ち込んだな。

  それにしても、ピートの質が落ちないところは本当に凄い。今回の初ソロ『Grace/Wastelands』も、いままで自分が楽屋やストリート、小さなパブで歌い続けてきた曲が中心になっているとは言え、見事なまでに素晴らしいピート・ドハーティーのソロ・アルバムになっている。基本的にピートが音楽好きであることがアルバムの魅力に繋がっているのだと思う。このソロ・アルバムを聴いていると、彼が毎日いろいろな音楽に影響、感化されていっているのがよく分かるのだ。ピートのように毎日パーティーして、いつもギターを抱えて、かかっている音楽とジャムりながら、自分の音楽、歌を作ることが出来れば、どれだけ幸せかと思う。

  もちろん、このアルバムを完璧な作品にしているのは、ベイビーシャンブルズのセカンド『Shotter's Nation』も手がけたプロデューサー、スティーヴン・ストリートと、ギターで参加しているブラーのクラハム・コクソンの力があってこそなのかもしれないけど、でも、ピートはちゃんと自分のことをしっかりとプロデュースしているんだと思う。これがいままでのジャンキーと違うところである。

実現はしなかったけど、エイミー・ワインハウスとコラボしようとするなんて凄くないかい。絶対、このソロ・アルバムの目玉として考えていたんだよね。2人が仲良くしているのを妬んだエイミー・ワインハウスのダンナが、刑務所からピートへの暴行命令を出したりして、その夢のコラボはなくなってしまったんだけど。よくある話とは言え、本当の話なのかね。これで仮にピートが殺されていたとしたら、伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンと同じだぜ。

噂によると“1939 Returning”という曲は、エイミー・ワインハウスがギターを弾いているヴァージョンもあるらしい。でも、原曲とまったく違った感じになってしまうということで、スティーヴン・ストリートがグラハム・コクソンのギターと差し替えたそうである。エイミーに近づいていると危険なはずじゃなかったのかい。いったいどうなっているんだいという感じなんだけど、まだまだ謎が多いピートである。現在はオスカー・ワイルドのようにパリに住んでいるけど、これからどうするんだろうな。でも、本当に気になる人だ。