「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、パブ・ロック・シーンを築いたヴェテラン、ニック・ロウのベスト・アルバム『Quiet Please...The New Best Of Nick Lowe』について。
自分のロック人生のなかで、一番の記憶に残る出来事と言えば、84年の〈グラストンべリー・フェスティヴァル〉の、あの有名なピラミッド・ステージの下にある秘密のバー(そんなの作るのバカでしょう)でエルヴィス・コステロ(その上でライヴやっているんですよ。贅沢というか何というか)を聴いているとき、元「NME」の編集長ニール・スペンサーが「ケンジ、この曲知っているか? どんなことを歌っているか分かるか。一番大事なことを歌っているんだぞ」と言ってきたことです。その曲は、ニック・ロウのブレンズリー・シュウォーツ時代の名曲“(What's So Funny 'Bout)Peace, Love & Understanding”でした。
ぼくはその頃、英語なんか全然分からなかったけど、ピラミッド・ステージのピラミッド・パワーのせいか、すべてが理解出来たんですよね。昔のグラストンベリーのステージがピラミッドだったのは、本当にピラミッド・パワーを信じていたんですよね。しかもピラミッドの頂点にはレーザーがついていて、ずっと放射されているんです。作った本人に、何でそんなことをしたのかと訊くと、「たくさんのお客さんがライヴを見ているだろう。そのエネルギーと演奏のパワーがひとつになって、レーザーと共に宇宙に交信するんだ」と本気で言ってましたからね。
こんなバカな話は置いておくとしても(でも、このピュアさがいいですよね)、でも、ぼくはあの頃の英語力で、この曲がヒッピーの挫折を歌いながらも、実はまだ負けを認めていないんだよということを歌っているということが理解出来たのですから、不思議な気がします。この曲が作られたとき、完全にフラワー・パワーの力は跡形もなく無くなっていました。でも、ニック・ロウは〈平和と愛と理解し合うことについて話し合うことを、なんでお前はバカにするんだい〉と歌います。ザ・フーの、これまたフラワー・パワーの挫折を歌いあげようとしながら完成しなかったロック・オペラ〈ライフハウス〉からの一曲“Baba O'Riley”の強力な3コードをパクりながら、そこにアメリカのシンガー・ソングライター、ジュディ・シルの一節をこれまたパクりながら歌った曲なんですが……。でも、この曲を聴いていると、いまも何か胸の中が熱くなるんですよね。本当はニック・ロウはこうした歌を歌う人じゃないんですけど、だからか、後半には〈これは子供たちのための歌、ニュー・ジェネレーションのため〉と、ちょっとおちゃらけた喋りも入れるんですけど。
コステロによる、パンク時代を怒りを込めて振り返るカヴァー・ヴァージョンもいいんですけど、こうして大人になったいま聴くと、本当にニック・ロウのヴァージョンはいいなと思います。映画「ロスト・イン・トランスレーション」で、落ちぶれた俳優がまだまだ俺は終わっていないぞと思いながらも、情けなくカラオケするのもこの曲でした。たぶん、ジョン・レノンの“Imagine”よりも大事な曲だとぼくは思っています。時代が変わろうが、どんなことがあろうとも、ぼくたちはいつも愛と平和と理解し合うということを心に秘めているんだというメッセージです。
歌詞の中に出てくる〈ハーモニー(調和)〉というのもいいですよね。市民運動家みたいな奴らが、いまも愛とか平和とか声高々に叫ぶけど、もうひとつヒッピーがよく言っていた〈ハーモニー〉という言葉はすっかり忘れ去られているような気がします。
ニック・ロウのベスト盤『Quiet Please...The New Best Of Nick Lowe』について書こうとしたのに、この一曲についてだけで終わってしまいますね。でも、本当にいい曲なのです。ニック・ロウで一番売れた愛らしいスウィートなラヴ・ソング、〈気が狂ったようにやさしくするよ〉と歌う“Cruel To Be Kind”もいいですけど、やっぱ歴史に残る曲と言えば“(What's So Funny 'Bout)Peace, Love & Understanding”でしょう。何度聴いても涙するんですよね。もちろん、ほかにもいい曲がたくさんあるんですよ。“When I Write The Book”とかもヤバいので、チェックしてください。
ニック・ロウの良さというのは、凄いポップなんだけど、弱っちい感じがしないところにあるんです。アメリカン・ミュージックのグルーヴがちゃんとあるからなんですね。そこが本物と感じさせるところなのです。ジョニー・キャッシュの美しい娘さんであるカレン・カーターと結婚していたりと、まさに本物を手に入れようとするニック・ロウに、当時は「この野郎」と思っていましたけど、最近の話で言うなら、マイケル・ジャクソンがプレスリーの娘さんと結婚したようなものですよ。本当に、飄々としているようで抜け目ないところがニック・ロウなんでしょうね。
あと、アホとしか思えないくらいユーモアがあるんですよね。デヴィッド・ボウイが、勝手に自分の名字〈ロウ〉を使ってアルバム『Low』(スペルが違うのに)を作ったことに対して怒って、“Bowi”というシングル(アルバムじゃなくってよかったよ)を作ったり。クラウト・ロックとファンクの融合を試みたボウイの名曲“Breaking Grass”を〈ガラスが割れる音っていいよね〉と完全にバカにしてパクった名曲“I Love The Sound Of Breaking Glass”なんかは、本当にいまでも聴いていて笑ってしまう。たぶん、売れるまでのお金稼ぎとして変名で作ったベイ・シティ・ローラーズの応援歌“Bay City Rollers We Love You”も、今回こそは収録して欲しかったな。無理か、これは。
いろんなことがあった人ですけど、Disc-2に入っている、後期というか、現在のニック・ロウもすごくいいですよね。イギリス人として初めて、体の底からクラシックなアメリカのシンガー・ソングライター(40年代とか50年代)の系譜を受け継いでいる感じが本当にかっこいいなと思います。ぼくも、年をとってもこういう音楽が作れたらいいなと思います。DVDもついていて、現在のライヴや当時のプロモ・クリップが見れるのもいい。ニック・ロウが弾いていたアコギはエヴァリー・ブラザーズ・モデルだったんですね。やっぱエヴァリーとか好きだったんでしょうか。