〈ウッドストック〉に連なる魅惑のロック・フェス──それらが手招く迷宮世界をご案内しよう
〈居酒屋れいら〉に若者が入って来て騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシュー盤収集にばかり興じているゆえ周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
「先生!」──店を出た私に声を掛けてきたのは、近所に住むシーナさんだった。「どうですか、たまには一杯!」。日焼けした浅黒い顔に人懐っこい笑みを浮かべられると不思議に断れず、私たちは近くの焼き鳥屋の暖簾をくぐった。
「〈ウッドストック〉の翌年にUKで行われた第3回の〈ワイト島フェス〉ですが、50万人ものワニ眼状態になった観客がフェンスを壊してタダで入場し、大赤字。ライヴ以上に観客と主催者の対立がおもしろい、まさに〈おもしろかなしズム〉なフェスだったわけですよ」。
いつの間にか始まった野外フェス談義だが、先日の澁谷八彦による鼻持ちならない講釈と比べれば、朴訥なアウトドア派であるシーナさんの話はなかなか興味深い。
「〈グラストンベリー〉はいまじゃ世界最大規模を誇りますが、個人の牧場で開催された70年の第1回目〈グラストンベリー・フェア〉は観客がたった1500人。しかも牛乳が飲み放題だったそうです。ワイト島の場外乱闘的な殺気とは真逆ですが、のどかな景色に囲まれてひたすらウグウグと牛乳を飲むのも悪くないないな~。
でも僕のようなビール党には、2002年から始まった〈ボナルー〉ですかね。いまではさまざまなタイプのアーティストが出演してるけど、もとはジャム・バンドの祭典ですからね、長尺の即興演奏を聴きながらウグウグと飲むビールは最高なわけです、プハッ」。
そう言ってシーナさんは10杯目の中ジョッキを飲み干した。完全インドア派の私は野外で聴くロックにも野外で飲む酒にも魅力を感じないのだが、彼が言うと妙に惹かれてしまう。
「ほかにもカリフォルニアで毎年開催されている〈コーチェラ〉とか、近年になってふたたび70年前後のように野外フェスが活況を呈しているんですが、
やはり大和男児としては97年から始まった〈フジロック〉を圧倒的絶対的に支持すべきです。エイヤッ!と電車で行けてしまうのも拍手パチパチパチ」
そう言ってシーナさんは13杯目の中ジョッキを飲み干した。いったいいつまで飲み続けるのだろう──私は少々お会計のことが気になりはじめていたのであった。