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第145回 ─ シド・バレットと同じ目をしているアレックス・ターナー

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/08/19   18:00
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ピンク・フロイドの初期リーダー、シド・バレットとアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーの共通点について。

  今年の〈サマソニ〉でいちばん感動したのは、フレーミング・リップスがピンク・フロイドの曲をカヴァーしたこと。僕はピンク・フロイドには詳しくないので自信がないんですけど、子供の時の記憶を辿ればたぶんカヴァーしていたのは“Careful With That Axe, Eugene(邦題:ユージン、斧に気をつけろ)”だったと思います。この曲をやった途端、フレーミング・リップスのあのステージ・セットがピンク・フロイドのステージ・セットのパロディーだったことに気付いて爆笑してしまいました。ピンク・フロイドのステージはお金をかけた豪勢なものだったけど、リップスのステージは手作り感満載のチープな感じ。特にピンク・フロイドの有名なドでかい円形スクリーンを、半分にぶった切ったような半円形スクリーンが最高におかしかった。ピンク・フロイドのカヴァーをやった時は、円形スクリーンをミニチュア化したようなドラを(そういえば、ドラもピンク・フロイドが使ってましたね。リップスのドラは、周りにバリライトみたいなのがくっついていて光りまくっていました)、ウェイン・コインが叩きまくっていて、それはそれはかっこよかったです。

  僕は〈サマソニ〉で撮影していない待ち時間に、たまたまP-Vine Booksから出ているピンク・フロイドの伝記を読んでいたので、びっくりしてしまいました。いまみんなピンク・フロイドに興味がある時期なんですかね? “Careful With That Axe, Eugene”は、『Ummagumma』というアシッド臭いアルバムに入っています。そのアルバムのジャケットは、デイヴ・ギルモアが友達のギリシャかイビザ(本に出て来たんだけど、さっそく忘れた)の別荘で、ボーっと座ってこちらを見ているだけなんですけどアシッド臭いんです。このアルバムの次に出た『Atom Heart Mother(邦題:原子心母)』のジャケットも、ただ牛が写っているだけなのにアシッドの臭いが漂ってくる。アシッドをキメた次の日に、気付いたらどこかの草原で牛を見ていたみたいな感じがします。

  伝記にも書いてあるんだけど、ピンク・フロイドがホークウインドみたいに毎日アシッドをやっていたかというと、実はそういうバンドではないんですよね。メンバーは全員中流階級のインテリです。僕は昔、この伝記にもよく出てくるピンク・フロイドの初期マネージャーだったピーター・ジェナーにインタヴューしたことがあるんですが、彼は「ピンク・フロイドと仕事をして何が楽だったかというと、彼らは中流階級出身で、親からのサポートがあったので金にうるさくなかったことだ」と言っていました。

 ドラッグに関して、伝記のなかでは疑問を持ちながらも、ロジャー・ウォーターズが「2回しかアシッドをしたことがない」という過去の発言を肯定しています。シド・バレットも薬のせいでおかしくなったかというと、どうもそうではないらしいんですね。ピーター・ジェナーも「はじめはシドが狂ったふりをしているのかなと思っていた」と言ってました。

  シドがなぜ狂気に取り憑かれたのか――ドラッグなのか? 別の理由があるのか? この本ではシドの性格がそうさせたみたいに読み取れます。そして、僕もそうだったと思う。天才になれなかったシドはだんだん世の中とコミュニケーションができなくなっていったんじゃないだろうか。シドは、大好きだったジョン・レノンのような天才になれると思っていたのに、ジョンにはなれなかった。その事実が彼を狂わせていったのだと思う。“Arnold Layne”“See Emily Play”という、誰もが認めるポップソングを書いてきた天才はそのままジョンのように何曲もヒット曲を書けるはずだった。ポップ・ナンバーを手品のようにパッといつでも作れるはずだった。でも、3枚目のシングル“Apples And Oranges”がヒットしなかったことをきっかけに、狂気の世界にどんどん入っていったような気がします。

 しかし、ジョン・レノンは偉大ですな。シドの作曲や歌詞がジョンから多大な影響を受けていたのはわかるんですが、その後のピンク・フロイドにも影響を与えていたなんて。そしてこの伝記でいちばんびっくりだったのは、マーク・ボランがシド・バレットを崇拝していたということ。この事実で僕は、マークのことが余計に好きになってしまった。そして、ジョンも。この流れって、本当に素晴らしくないですか。マークのあのカーリー・パーマがシドを意識していたのかと思うと感動しています。シドのパーマはジミ・ヘンドリックスの真似らしいけど。こういう事実を知ると、シドとマークが、同じ目をしているように感じる。すべてを悟ったようで、実は空虚な目。なんかかっこいいね。でも、そんな2人がシーンの頂点に立てたのはたった一瞬だったというのが興味深い。

  そして、いまその2人と同じくらいかっこいい目をしているのが、アークティック・モンキーズのアレックス・ターナーです。アレックスもラスト・シャドウ・パペッツを経てどんどんとサイケな方向に進んでいますな。前作はストーナー・ロックっぽかったのですが、新作『Humbug』ではドアーズに近いと言ってもいいくらいサイケな音を出しています。ドアーズもサイケと言われますが、当時のサイケ・バンドとは全然違った音をしていますよね。アレックスはニック・ケイヴにハマっているそうですけど、ドアーズ、ジム・モリソン、ニック・ケイヴという流れを、見事に引き継いでいる感じが凄いです。

  リーダーがいなくなったバンドを引っ張っていったロジャー・ウォターズは、『Dark Side of the Moon(邦題:狂気)』『Wish You Were Here(邦題:炎~あなたがここにいてほしい)』の大成功によって、ピンク・フロイドがスタジアム・バンドへと変わっていくにつれて、観客とのコミュニケーション・ギャップに嫌悪感を抱きます。それが観客との間に壁を作ろうというとんでもない発想に繋がるわけですが。アークティックもこれから、いろんな形に変わっていくと思うんですけど、アレックスならそんなことには絶対にならないでしょうね。いまは、どんどん変わっていくアークティックがかっこいいし、次にどうなるのかが楽しみで仕方がありません。