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第150回 ─ T・レックスの魔法を受け継いだ男子デュオ、ガールズ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/10/28   18:00
テキスト
文/久保 憲司

 ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、フィル・スペクター~ブライアン・ウィルソン~T・レックスの魔法を受け継いだ男子デュオ、ガールズについて。

  昔、集団自殺をしたカルト教団のなかで成長し、一人生き残った少年が物語を語りだすという「ファイト・クラブ」の作家チャック・パラニュークの小説「サバイバー」を読んで、そういう子が作ったロック・バンドとか出てこないかなとずっと思っていたら、ついに出てきました、ガールズ。ジャケットにはジミ・ヘンドリックスの名盤『Electric Ladyland』英国オリジナル仕様のパロディーのように女の子がたくさん写っていて、笑ってしまう。そして、もっと笑ってしまうのは、ソングライターのクリストファー・オウエンスがスウェードのTシャツを着ている。何でスウェード?

  でも、けっこうスウェードはいまオンかもしれません。スウェードが登場した時って、時代はもう完全にグランジだったんだけど、イギリスではまだみんなエクスタシーやってハッピー、ハッピーという雰囲気が残っていたのですが、そんななかスウェードは、ロンドン郊外の公団住宅でエクスタシーをやりながら、みんなとは違ったダークな疎外感を歌っていた。いま思うとそれはみんなピース&ラヴと言っていた時に、コミュニケーションの難しさを歌いだしたピンク・フロイドや普通の家庭の裏に潜む狂気などを歌い出したジェネシスなんかと似ていたんだなと思います。スミス好きだったからそんなことになったのか、能天気なアシッド・ハウスへの反動だったのかわかりませんが、でも、いま思うとスウェードは、本当はもっとおもしろかったのかなと思います。当時スウェードのブレッド・アンダーソンがデヴィッド・ボウイと対談して、ボウイにエクスタシーの重要さを切々と喋っていたのがおもしろかったな。ボウイは「それって、僕にとっての74年のコケインみたいなものだね」とクールに返していたのがかっこ良かった。

  スウェードっぽいとこがガールズにあるのかどうか、僕にはわかりませんが、“God Damned”や“Darling”でのマーク・ボランっぽいクリストファーの歌い方が僕は大好きです。残念ながらマーク・ボランっぽい歌い方はこの2曲くらいなんですけど、ガールズのすべての曲にはマーク・ボラン/T・レックスの〈聴いてるだけでオルガズム(すいません、死語ですね)、エクスタシーに達するようなスペイシーなサウンド〉があります。長い間売れないアーティストだったマーク・ボランが一瞬にしてイギリスのポップ・スターになったのは、やはりこの魔法のようなサウンドを手に入れたからなんですよね。映画「20世紀少年」でT・レックス“20th Century Boy”のあの倍音いっぱいの歪んだギターをたくさんの人が聴いたと思いますが、当時の女の子たちはあの音に肌をゾクッとさせられ、マーク・ボランのあの声に心を打ち抜かれたんだろうなということは、いま聴いてもよくわかりますよね。ガールズの音を聴いていると、こういうサウンドはフィル・スペクター、ブライアン・ウィルソンによって作られ、T・レックスによって完成させらたのだなという気がします。そして、ジーザス&ザ・メリー・チェインやマイ・ブラディ・ヴァレンタインによって受け継がれ、いまはガールズに受け継がれているんだなと思います。日本だと大瀧詠一さん、山下達郎さんに受け継がれているんだけど、こんなふうにロックに、壊れたように受け継がれてはいないのが残念だなと思います。日本からもいつか、女性の下半身に直接届く音楽は生まれるのでしょうか。

  しかし、ガールズの音楽にはそれ以上のものがあるような気がします。クリストファーが「カルトのすべてのことは音楽に基礎を置いているんだ。実際ガールズは、チルドレン・オブ・ゴッド*1の音楽のようなサウンドを持っている。スピリチュアルな本質が存在するんだ。実際、ぼくはまったく信心深くないけど、両者の間には共通するスピリチュアルな本質がある。ブライアン・ウィルソンは音楽のスピリチュアルなことについて話すけど、実際それが何なのかはわからない。けど、目を閉じた時、音楽は僕を他のどこかに連れていってくれることは知っている」と言っているように、彼らもまた、それが何なのか探しているのです。クリストファーが言うように、説明するのは難しいですよね。このアルバムを聴くしかないです。
*1 クリストファーが所属していたアメリカの宗教団体。