NEWS & COLUMN ニュース/記事

アストル・ピアソラ──ミルバとの『ライヴ・イン・トーキョー1988』初CD化! american clave 3部作もリマスター再発売!

公開
2010/01/17   19:30
更新
2010/01/19   22:03
ソース
intoxicate vol.83 (2009年12月20日発行)
テキスト
text:佐藤由美

ピアソラの生演奏は、五臓六腑を鷲づかみにする。恐るべき鉤爪でもって、するり表皮ごと血肉をむしり取られ、気づかぬうち心臓や脳を嘴でえぐられる。82年、キンテートによる初来日公演の第1部終盤、《天使の死》《天使のミロンガ》と続いたところで、我知らず深層の記憶が呼び覚まされ、思わず身震いした。やがて滂沱の涙。それは到底、共感のもらい泣きなどといった次元にあらず。まるで、神の突き立てた刃物の感触。しかも、その神が現出させる断頭台は、すべらかな石畳が鈍く光を映すブエノスアイレスの闇夜。まぎれもない、タンゴとミロンガの鼓動をはらんでいるのだった。

ピアソラ楽曲の素晴らしさは言わずもがな。とはいえ、ピアソラ曲を演じるのはピアソラ自身に優る者なしを、未だ確信している。初来日コンサートの完成度があまりに圧倒的、かつ凄絶すぎたため、『タンゴ・ゼロ・アワー』以外のアルバムを、ほとんど家で聴かずに過ごした。ピアソラ信奉者を名乗るのもおこがましいが、最晩年キンテートを愛する者として、あの演奏にふさわしい歌い手は、ロベルト・ゴジェネチェを措いてあり得ないと、疑わなかった。その心情は、今もって揺るぎないのだが。

21年後の今、再度ひどい後悔に苛まれている。東京5度の機会があったにも拘わらず、ミルバ&ピアソラのステージを逃した、おのれの怠惰と直感の欠如を。初演の84年、パリはブッフ・デュ・ノールの舞台映像を観ていたのに、躊躇などしやがるド阿呆め。ピアソラを歌うには、単なる歌唱・表現力のみならず、役者の資質と個性が不可欠。しかも、情に溺れる三文役者ではいけない。だからゴジェネチェ、だからミルバなのだ。

ミルバ最良の舞台でありながら、ピアソラ・キンテートの魅力も十二分に横溢する、貴重な当記録『ライヴ・イン・トーキョー1988』。すでに、82年、84年のピアソラ来日音源を、その著作同様の誠意をもって執拗に探し続けてきた、斎藤充正氏の労に負うところが大きい。ピアソラ最後の来日公演の記録であり、珠玉キンテートの最終章を収めた世界的にも価値ある2CD。さらに、初演時をはるか凌駕する共演の成果は、まばゆいほどだ。

ミルバは曲ごと、スペイン語、イタリア語、フランス語で演じ分けている。ピアソラの創るタンゴやミロンガは、地域性に深く根ざしながらも、地域主義を超越する。ゆえに、どの言語で描かれても違和感がない。また、ピアソラの活動拠点の反映でもあるこれら言語が、そも、ブエノスアイレスという新興港湾都市のありようを映し出しているのだ。パリへの永遠の憧憬と、《チェ》に象徴されるイタリア移民の訛りを宿す、街の感傷と情念を。

扉を開けながら、ミルバ登場。傑出した《迷子の小鳥たち》、極端な巻き舌で歌う激烈な《行こう、ニーナ》、まるでイタリア移民とパリが合体したような《チェ・タンゴ・チェ》(※タンゴがトンゴと、仏語っぽい発音)の熱演。バンドネオンの胴を叩き、拍手がわりのエールを贈るピアソラ。タンゴの醍醐味むき出しの洒脱な《チェ…》では、赤毛の美女へ、通りの口説き文句〈ピローポ〉まがいの科白を投げ、溜め息をつく。キンテートのみのステージにない、粋な場面だろう。演奏曲も、女神の体温との絶妙なギャップを演出。あらためて、ピアソラのステージ構成の才覚を思い知らされる。

ニューヨークは、ピアソラにとって、もうひとつの重要な意味をもつ都市だ。少年時代を過ごしたこの街で、後年キップ・ハンラハンと運命的な遭遇を果たす。87年録音『ザ・ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト』は、アメリカン・クラーヴェ2作目。もちろんキップ主宰のレーベル発。この度、最新リマスタリング技術の粋をほどこして再びお目見え。再生装置も最新機材ならば、従来のCDにない感動を覚えることだろう。

本作は、録音前年に他界した、文豪ボルヘスの詩作を題材にとった、ミュージカル音楽のプロトタイプのごとき風変わりなアルバム。同レーベルでの1作目『タンゴ・ゼロ・アワー』とも、3作目『ラ・カモーラ』とも異質な感触で、当然だが濃密な劇的構成を選択している。先のキンテートにない、シンヘル奏でる流麗なピアノ術、アンディ・ゴンサレス紡ぐ坦々とした鼓動、パキート・デリベーラの抑制のきいたアルトサックスにクラリネットが実にクール。凄絶なスアレス・パスのバイオリンの呻きもさることながら、バンドネオンの呼吸(殊に空気抜き音の吐息)がすこぶる生々しく、卓越したドラマ効果を醸し出す。NYに舞い降りた鬼神が、スタジオワークでのみ表現可能な一編のタンゴ劇を、さりげなくも開帳してくれている。

それにしても、人類に進歩なし。巨星の没後まで、真価を知らず看過してきたとは……数世紀前と状況は変わらない。かくて、新たな再認識と悔悟の日々が始まる。が、今からでも遅くない。ぜひ追体験されたし!

ピアソラがアメリカン・クラーヴェに遺した3部作『Tango Zero Hour』、『The Rough Dancer And The Cyclical Night (Tango Apasionado)』、『La Camorra』がクリスタル・ディスクでも蘇る!詳しくはイーストワークスエンタティンメントの特設ページまで!