
アレハンドロ・イニャリトゥやアルフォンソ・キュアロン、ギレルモ・ デル・トロなど、新世代監督の活躍で世界中から注目を集めているメキシコ映画。そのきっかけになったイニャリトゥ監督作『アモーレス・ロペス』(00)で脚本を担当したギジェルモ・アリアガも、メキシコ映画界の重要なキーパーソンだ。小説家としての顔も持つアリアガは、その他にも『21グラム』(03)、『バベル』(06)、『メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬』(06)などの脚本を手掛けて様々な賞を受賞、映画作家として高い評価を得てきた。そのアリアガが「いつか自分の手で撮りたい」と、ずっと胸の中に秘めてきた物語。それが初監督作品『あの日、欲望の大地で』だった。

シャーリーズ・セロンとキム・ベイシンガー、二人のオスカー女優を迎えて、映画は幻想的な風景から始まる。渇いた平原で燃え上がる一台のバン。一体そこで何が起こったのか? その謎を軸にして、ある母娘の愛と宿命の物語が描かれていく。セロンが演じるのは、やり手のレストラン・マネージャーとして働きながら、行きずりの男達と情事を繰り返すシルヴィア。凜とした美しさのなかに深い絶望を宿した迫真の演技で物語を引っ張っていく。そして、キム・ベイシンガーが演じるのは、老いや生活の哀しみを滲ませながらも、まだ女性としては枯れない官能を匂い立たせているシルヴィアの母、ジーナだ。しかし、ジーナはシルヴィアが思春期を迎える頃、不倫相手と事故死してしまう。母の死に動揺しながら、いつしか母の不倫相手の息子と恋に落ちるシルヴィア。家族から冷たい目で見られた挙げ句、シルヴィアは恋人と故郷を捨てて孤独に生きる道を選んだ。そして、成長して孤独な人生を送っていたシルヴィアの前に、彼女の娘だという少女マリアが現れ、彼女は封印した過去と再び向き合うことに。そこには事故に秘められた悲しい事実があった。

愛を求めて命を失った母。母の死の影響で、愛を求めることを恐れて男達と不毛な関係を持つ娘。母娘に共通しているのは愛の渇きだ。過去と現在を往き来しながら数々のエピソードが緻密に紡がれていく演出はまさしく〈アリアガ・タッチ〉だが、その背景を彩っているのはメキシコの雄大な風景だ。さらにそこに炎や水といったイメージを巧みに織り込むことで、アリアガは母と娘のドラマをまるでギリシャ神話の悲劇のように浮かび上がらせていく。ジーナ、シルヴィア、そして、さらにマリアと続いていく母と娘の関係。それぞれの間で揺れ動く愛と憎しみを、美しい映像と巧みなストーリーテリングで描き出していくアリアガの巧みな手腕は初監督とは思えない。アリアガが最も影響を受けたという作家、ウィリアム・フォークナーの小説を思わせる力強い語り口をもった本作は、文学的であると同時に新たな映画的言語を模索しようとする野心に満ちている。