日本の音楽史にその名を刻んだアーティストのドラマ
世間に〈アイドル〉という言葉が躍りはじめたのは、シルヴィ・ヴァルタン主演の「アイドルを探せ」や、ビートルズ「ヘルプ! 4人はアイドル」といった映画が封切られた60年代半ば頃だったでしょうか。しかし、日本の歌謡界において〈アイドル〉と呼ばれる歌手や〈アイドル・ポップ〉と呼ばれるジャンルが確立されるのはもう少し先の話で、流行歌の傾向が多様化していった70年代前半あたり。その定義は概ね、ティーンに向けたポップソングを歌う清純な女の子ということであり、幼い、大人っぽいというキャラクターの温度差は多少ありつつも、ヴィジュアルからストレートに性を喚起させるものではありませんでした。女性性を喚起させるもの――その基準としてもっともわかりやすいものがバストの大きさだったりしますが、当時はグラマーもしくはボイン、いまで言う巨乳をアピールする人はいなかったのです。
しかし、時は77年、榊原郁恵というアイドル歌手がデビュー。グラマラスな肢体を揺らし、溌剌とした笑顔で歌い踊る彼女が登場したその時、〈巨乳アイドル・ポップ〉(呼称は後付け)という新たなカテゴリーが生まれました。彼女はグラビア雑誌で惜しみなく水着ショットを披露していましたが、人気の要因はそこではなく、その天真爛漫なキャラクターでした。その豊かな胸はあくまでも付加価値だったのです。また同じように世の男性の目を楽しませながら、あくまでもアイドル的なキャラクターと歌で人気を獲得していったのが、80年デビューの河合奈保子と柏原よしえ(現・芳恵)。その後、武田久美子、森尾由美、岡田有希子……といった面々が名を連ねますが、おニャン子クラブが台頭し、本田美奈子が〈アーティスト宣言〉をした86年あたりから、アイドル性と胸を前に出すタイプの売れっ子はあきらかに減っていきました。80年代後期から90年代初頭は西田ひかるに宮沢りえ、高岡早紀、高橋由美子といった顔が登場しますが、その後アイドルの在り方が変化していくと共に、かつての意味合い通りの逸材も見かけなくなります。しかし、細川ふみえや雛形あきこ、乙葉などグラビア界から音楽シーンに参入し、グラビアでのポーズとは違った魅力を楽曲で提示するなど、良作を残したアイドルもポツポツと現れました。郁恵や奈保子がデビューした当時にはなかったグラビア・アイドルというカテゴリーが一般化している現代においては、そういったものが〈巨乳アイドル〉と定義付けられるものだと言えるでしょう。
ボイン・ポップのその時々
榊原郁恵『ゴールデン☆ベスト 榊原郁恵』 コロムビア
けしからん妄想を掻き消すほど健康的でユーモラスなキャラクターが際立っていた彼女は、タレントや女優、司会などでも活躍。それだけ知名度があったわりにヒットが少ないのは、楽曲でその人柄を逸脱できなかったからかも。しかし、キャラそのままの“夏のお嬢さん”やユーミン作のオールディーズ・ポップ“イエ! イエ! お嬢さん”、筒美京平作の傑作テクノ歌謡“ROBOT”など見過ごせない曲はあるわけで。
河合奈保子『ゴールデン☆ベスト 河合奈保子』 コロムビア
本人出演によるTVCMでの「奈保子のブラ(ウス)……」や、デビュー曲“大きな森の小さなお家”での〈だ~れも♪さわぁって♪ナーイナイ♪〉のフレーズは、彼女が放ってこその深さがある。オーセンティックなアイドル路線からロック、アダルト・ポップス、バラードなどなど幅広く歌いこなしていった奈保子は、ボディーの成長ぶりだけでなく、実力派アイドルとして覚醒していく様もスリリングでした。
高岡早紀『ゴールデン☆ベスト 高岡早紀~シングル・コレクション&モア~』 ビクター
巨乳アイドルの多くは、育ち盛り感を全身から漲らせていましたが、彼女の場合はいわゆる〈ボン! キュッ! ボン!!〉。加藤和彦によって欧州浪漫が編み込まれた多くの楽曲、その手触りは彼女のふくらみのように柔らかく。
綾瀬はるか“飛行機雲” ビクター(2007)
このシングルは蔦谷好位置プロデュースによる名曲です。でまあ、売れっ子になると巨乳を封印するのがアイドルの常なんですが、水着こそやらなくなったものの、昨年の映画「おっぱいバレー」などドキドキの種は相変わらず撒いていたりする。お願いだからもう一度……歌を!