ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、新作において渋谷系ばりにさまざまなアーティストへのオマージュを捧げたMGMTについて。その謎を解くヒントは、アシッド・ハウス/ブリット・ポップ前夜にあり?
あかん、あかん、むちゃくちゃ素晴らしすぎる。今年ベストのアルバムでしょう。ぼくはガールズ派なんで、少し斜めに聴いてやろうと思っていたんですが、完全にやられました。大成功したファースト・アルバム『Oracular Spectacular』の次にどんなので来るかと思っていたら、これですか。1曲目“It's Working”、2曲目“Song For Dan Treacy”は完全に悪ふざけでしょう。MGMTじゃないみたい。このクールさって、完全にフリッパーズ・ギターでしょう。なんか曲の感じもフリッパーズっぽい……そんなことを思っているのは、ぼくだけ? でもこの自由さはフリッパーズでしょう。
そして、やっと3曲目“Someone's Missing”はMGMTらしいサイケな感じで始まったと思ったら、素晴らしい(何回言うねん)MGMTバラードになってビックリ。さらに4曲目“Flash Delirium”もこれまたチープに始まったと思ったら、壮大なビッグ・チューン。完全に降参です。いや、完全に降参したのはブライアン・イーノに捧げた曲“Brian Eno”を聴いた時ですね。イーノっぽさは全然なくて、どちらかというと“Song For Dan Treacy”でオマージュを捧げたTVパーソナリティーズ風なんだけど。
しかし、ここまでいろんな人たちにオマージュを捧げているというのは一時の渋谷系みたいですね。プロデューサーもソニック・ブームだし。いやー完全にやられました。レコーディングは、マリブでサーフィンしながらやったそうです。「“It's Working”はエクスタシーやってサーフィンするヴァイブの曲」とアンドリューは語っていますが、ぼくもマリブでのんびりとサーフィンでもしたいです。そうしたら、こんな素晴らしいアルバムが出来るんでしょうか。出来ないだろうな。
それにしても、MGMTは謎のバンドだ。ライヴを観た時はけっこう70年代のアメリカのバンドっぽいというか、ソフィア・コッポラの「ヴァージン・スーサイズ」のサントラの感じというか、アメリカの郊外の気怠さみたいなものとサイケデリックを上手く混ぜて、遅れてアシッド・ハウスの列車に乗った感じがMGMTかと思っていたんだけど、今回のアルバムではTVパーソナリティーズに歌を捧げたり、ソニック・ブームと作業をしていることを考えると、C86というか、イギリスというか、ぼくを育てたものがモロに散りばめられているようで嬉しくなった。
そういえば、ガールズのクリストファーも「フェルトが好き。この前、ロンドンでローレンスと喋ったんだ。嬉しかった。デニムも好きなんだよね」と言っていたけど、86年のあのへんの感じ――アシッド・ハウス前夜、マッドチェスター前夜。どんなインディー・バンドもレコードなんか1,000枚くらいしか売れなくて(ちょっと大げさですけど)、でもいろんなレコードが死ぬ程出ていたあの頃。ボビー・ギレスピーが、クリエイションのオフィスでジャケットに1枚づつレコードを入れていた頃。なんかぼやけてしまっているけど、あの頃にすべてのヒントがあるような気がする。まだまだ不思議なバンドだけど、ちょっとMGMTの謎が解けてきた2枚目のアルバム。