続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。〈居酒屋れいら〉が再開したと風の噂で聞いたが、静養先の北越の温泉宿が気に入った私はいまだに逗留を続けている。
ある日、私の部屋に面した庭の向こうに見えるサナトリウムの窓際に、一輪の向日葵が咲いた。それは黄色い麦藁帽子を被った一人の華奢な少女だった。私たちが親しくなったのは、ある渓流沿いで画架を立て掛けて佇んでいた少女が携帯CDプレイヤーを聴いている光景に、散歩中たまたま出くわしたからだ。
彼女は、溜め息のように繊細な歌唱とナイーヴで郷愁に満ちたネオアコ・サウンドが美しい、ブルーボーイの92年作『If Wishes Were Horses』(Sarah/Cherry Red)を聴いていた。そして、「とても儚いけど初夏にぴったりなの」と静かに呟いた。
それからは時折2人で散歩するようにもなった。ある時は、レトロなグッドタイム・ミュージックをモダンな解釈で蘇生させたUKポップの隠れ職人、トット・テイラーが81年に発表した洒落たファースト・アルバム『Playtime』(Compact/HAYABUSA LANDINGS)の魅力をあれこれ話しながら高台に登り、
ある時は、50〜60年代の英国産ガールズ・グループを代表するヴァーノン・ガールズの、キュートなポップスやダンサブルな楽曲が詰まった編集盤『We Love The Vernons Girls 1962-1964』(RPM)について語りながら緑めくブナ林を歩いた。
彼女の写生に付き合った時は、川べりに腰掛けてイヤホンをお互い片耳に挿しながら、ジェットセットの85年のデビュー作『There Goes The Neighbourhood』(The Dance Network/ヴィヴィド)をいっしょに聴いた。モンキーズをよりモッドでサニーにしたような心躍るポップ・チューンと甘酸っぱい歌声は、遠い昔に置き去りにしていたほろ苦い感傷を私の心にもたらした。そして、親子ほど年の離れた少女とその音楽を共有していることが何か不思議でならなかった。
ある日、野薔薇の茂る小径を散歩しながら執筆中の小説「美しい村と狸と犬」のあらすじを話していると、彼女が急に1枚のCDを取り出した。それはポップス好きの彼女らしからぬ、男臭さ満点の酔いどれロック・バンド、フェイセズの73年作『Ooh La La』(Warner Bros./ワーナー)だった。「オリジナルのレコードを再現した特殊ジャケットで、目と口が動くの。カワイイから買っちゃった」──そう言って笑った彼女は、向日葵のようだった。風が運ぶ草いきれの匂いが、夏の到来を告げているようだった。