原点回帰したスティーヴン・ソダーバーグが最新作で映し出す世界の断片
スティーヴン・ソダーバーグに関して考えれば考えるほど、その喰えなさぶりに「何とも言えない男」という称号を与えてしまいたくなる。そう、少なくとも映画好きにとって「何とも言えない男」問題は、ゴダールなどの「何とでも言えてしまえる男」より遥かに困難であるとは言えると思う。
ソダーバーグは、カンヌ映画祭グランプリ(『セックスと嘘とビデオテープ』)とアカデミー賞(『トラフィック』)という栄誉ある賞を受賞している。キャリア的に見ればその長さも含めてインディペンデントの〈巨匠〉である。しかし、〈巨匠〉という言葉がこれほど似合わない人もいない。それは、オールスター映画『オーシャンズ』シリーズを喜んで撮ってしまうあたりにも伺えよう。低予算と大作とその中間の映画を量産する彼を〈職人〉として評価するにしては、全ての映画があまりに「ソダーバーグ的」と評される「何とも言えない」作家性が張り付いている。どうにも困らせる男である。
そしてこの『ガールフレンド・エクスペリエンス』という新作も勿論「何とも言えない」作品であり、『セックス〜』の系譜に連なるインディペンデントな低予算映画である。実際のNYのホテルやレストランを使ってソダーバーグ自身がデジカメ撮影している。キャストたちにはシーンの説明と登場人物名が書かれた脚本だけが渡され、全ての言葉は本人たちの自由な会話から抽出。その結果、リーマン・ショックによる金融破綻、大統領選の会話が連なり、撮影時期の08年10月のNYの状況がダイレクトに反映されている。そんなNYで高級コールガールとして生きる女性がこの映画の主人公だ(因みに主人公を演じているサーシャ・グレイは全米No.1のポルノ女優である)。常に最新の流行を追い、ネット検索で自分の名前が検索画面の上位に来る為に画策する、自身が〈商品〉でありかつ〈商品価値〉を高める為に働く〈経営者〉である主人公が、仕事とプライベートの間で揺れ動く。ドラマチックな事件は起きない。一人の女性の〈揺らぎ〉が垣間見えるくらいだ。
だが、そんなNYの富裕層の売春を軸とした物語が、例えばtwitterでフォロワー数を気にする〈私〉のように見えたりするのである。それは〈私〉には遠いお話でもあり、同時に〈私〉の物語でもある。資本という海から人間が逃れられない〈私〉や、評価という海から人間が逃れられない〈私〉がそこにいる。
劇中でフォーク・デュオが「全ての人は批評家」と歌う。〈私〉はソダーバーグを「何とも言えない男」と批評するだろう。だが、しかし本当は「何とも言えない」のは彼が映し出している〈私〉なのではないだろうか?
世界に偏在する〈私〉を見る為に劇場に足を運んで頂けたらと思う。
映画『ガールフレンド・エクスペリエンス』
監督・撮影・編集:スティーヴン・ソダーバーグ 音楽:ロス・ゴッドフリー 出演:サーシャ・グレイ/クリス・サントス/フィリップ・アイタン他 配給:東北新社 (2009年 アメリカ 77分)
◎7/3(土)、シネマライズほか全国順次ロードショー!
©2009 2929 Productions LLC,All rights reserved.
http://www.tfc-movie.net/girlfriend/