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現代の若者の閉塞感を〈郊外〉というキーワードに投影したアーケイド・ファイア

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2010/08/11   17:59
更新
2010/08/11   20:04
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文/久保憲司

 

ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場 の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、現代社会に住む若者の閉塞感を〈郊外〉というキーワードに投影し、ポップ・ミュージックとして表現したアーケイド・ファイアの新作『The Suburbs』について。

 

アーケイド・ファイアの3枚目『The Suburbs』はむちゃくちゃポップ。キラーズのようにニューウェイヴのありとあらゆる手法を見事に採り入れているのがかっこ良くって仕方がない。この感覚って、クリームやレッド・ツェッペリンがブルースを現代風にアレンジしていたのに感動していた、僕より前の世代の方と同じ気持ちなんだろうか? 気になる。で、『The Suburbs』のもっと凄いところが、アーケイド・ファイアの傑作デビュー・アルバム『Funeral』と同じく、『The Suburbs』(郊外)に住む人間の孤独、コンプレックスなどの気持ちを歌に込めた数々の楽曲で構成され、ポール・オースターの小説を読んでいるような気にさせてくれるところだ。

因みに『Funeral』はすべての曲が葬式に行った時の想いで作られている。『Funeral』の時よりも、楽曲たちはより完璧な短編小説のようであり、その短編小説がまとまって、ひとつの長編小説~大きなアルバム~プログレのコンセプト・アルバムのような感じになっているのである。ダブリンのある一日(1904年の6月16日)を描いた近代小説の金字塔――ジェームス・ジョイス自身が「たとえダブリンが滅んでもユリシーズがあれば再現出来る」と語った「ユリシーズ」のように、まさに何百年か後の人たちが『The Suburbs』を聴いても、2010年の郊外での生活はこういうものだったのだ、そこに住む若者たちはこういう気持ちだったのだというのがわかるアルバムである。外国ではほとんどの人が曲単位で買っているそうなんだけど、そういう人たちに、これはアルバムで買わないとこのアルバムの良さがわからないよと挑戦状を叩き付けているかのようなのである。

雑誌「SNOOZER」で大問題となった〈レディ・ガガに勝てない日本のロック〉じゃないけど、日本人でこんな素晴らしいアルバムを作れる人がいるのだろうか。いや、作ってほしい。そんで、アーケィド・ファイアに負けないくらいのセールスを叩き出してほしいと切に願う。

歌詞カードを見ながら聴くのが本当に楽しいアルバムである。でも、やはりアーケイド・ファイアのアルバムの楽しみと言えば、前作『Neon Bible』からそうだけど、プログレのバンドみたいに仰々しくなく、だんだん、だんだん、もっていかれる感じだ。本当に素晴らしいと思う。正直に書くと、『Funeral』の時のその昂揚感は、〈無理しているんじゃないの? こういう感じだとポリフォニック・スプリーがいちばんじゃないの?〉と思っていた。でも『Neon Bible』からのウィン・バトラー――昂揚感だけじゃなく、ポップスとしても成立させてしまう天才ぶりには脱帽なのである。

唯一嫌みを言わせてもらうと、ライナーノーツに書いてある発言でウィンは「ボブ・ディランもジョー・ストラマーも、僕らのヒーローはみんな郊外に生まれた。そして、自分は生まれた時から電車を乗り継いで旅をしていたと言わんばかりに、僕らに彼らの本当の体験を語ってくれたんだ」と言っているけど、それはジョー・ストラマーじゃなくって、ミック・ジョーンズ。ジョー・ストラマーは郊外に縛り付けられる人種じゃなく、中流階級(日本でいうと支配階級かな)の出身。何百年も前から都市に出て行く時は馬車を使ってたような人で、クラッシュの郊外ロックの傑作と言えば『London Calling』に入っている“Lost In The Supermarket”。この曲は売れていたのにお金が全然入ってこなくて、しかも住んでいた家を出て行かなければならなくなり、仕方なく、ロンドン郊外のおばあちゃん家に居候していた時の悲しみを歌った名曲。ミックが歌う〈僕はここで生まれたんじゃない、都落ちしてきたんだ。誰も僕のことを知らないみたいだ。郊外の低所得者高層マンションに住んで、初めてそこに住んでいる人たちの聞いたことのないような喧嘩の叫びを聞いた〉という歌詞は、いま聴いても泣けるな。でもウィキで調べたら、おばあちゃん家って、ピムリコじゃん。川向こうだけど、まだ地下鉄通っているじゃん。ノッティング・ヒル・ゲイトからピムリコはきついかもしれないけど。

でも、ロンドンの外れの高層マンションは本当にきついもんな。エレベーターとかオシッコの匂いしかしないし、女の子は絶対、夜に一人でエレベーターとか乗れない。この曲の出だしの部分はジョー・ストラマーの郊外の思い出――郊外に住む現代社会での若者の幻滅らしいけど、やっぱミック・ジョーンズに比べると強烈じゃないな。

そうそう、郊外に住む人たちの狂気を描いた傑作と言えばジョー・ストラマーと同じミドル・クラス出身で、初日のレコーディングは雨が降ったから行かなかった(ミドル・クラスは雨の日は働かない)という、そしてお茶の時間に執事がきゅうりサンドイッチを持ってきたと噂されるジェネシスの『Selling  England By The Pound』ですね。“I Know What I Like (In Your Wardrobe)”は郊外の若者の妄想の歌。〈あんたのタンスの引き出しの奥にあるものは、きっと僕も好きだ〉って、下ネタですけどね。本当、こういうのがイギリスではヒットするんですよね。パブでどう歌われるかがヒットの決め手。キラーズの大ヒット曲“Somebody Told Me”もそうですよね。〈人から聞いたんだけど、お前ボーイ・フレンドが出来たんだってな。でもそいつ女みたいだって言われてたぞ〉って、おなべの歌ですか! でもパブで酔っぱらいが大合唱しているのが目に浮かぶ。

そしてジェネシスの“Aisle of Plenty”では、UKのデス・ファクトリーや超チープなスーパー・マーケット、テスコやセイフウェイのことが歌われる。テスコなんか20ペンス(30円)の食パンとかあって、恐くって食えない。郊外とビッグ・チェーンは、やはり切っても切れない関係なんですかね。こういうことを歌う日本のバンドがそろそろ出て来てもいいのに。ちなみに上流階級に〈仕事は何をしてますか?〉って訊くと〈仕事って何?〉って、言いますからね。

ウィン・バトラーも自分の生まれた国じゃない名門大学に行っているからどれだけ金持ちのおぼっちゃまかわからないけど……と、こういう嫌みは置いといて、とにかく『The Suburbs』は、現代社会に住む若者の閉塞感を郊外というキーワードとニューウェイヴなどのポップ・ミュージックで見事に表現した傑作アルバムです。

 

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