NEWS & COLUMN ニュース/記事

シャーラタンズの新作に見るヨーロッパの冬の朝。美しいオレンジ色の光

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2010/09/08   17:59
テキスト
文/久保憲司

 

ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場 の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ユースをプロデューサーに迎えて制作されたシャーラタンズの新作『Who We Touch』について。ヨーロッパの冬の朝から、回想は80年代初頭まで遡る――。

 

前作『You Cross My Path』がポスト・パンク・リヴァイヴァルというか、80年代のインディー・シーンを知らないと、決して作れない素晴らしいアルバムであったから、ニュー・アルバム『Who We Touch』のプロデュースがユースと聞いた時は、〈うん?〉と思った。ユースはバンドが方向転換する時や煮詰まっている時に起用されることが多いので、絶好調の時にどうなんだろうと思ったんですけど、いいじゃないですか。大人のシャーラタンズのアルバムじゃないですか。

『You Cross My Path』ではティム・バージェスのインディー魂が炸裂したかのような80年代ニューウェイヴ色が強すぎたからか、今回はギターのマーク・コリンズやキーボードのトニー・ロジャースらが作った曲もやっていて、いままでのシャーラタンズのアルバムのなかでも多彩な感じに仕上がっている。トニー・ロジャースが作った“Your Pure Soul”なんか、これぞ〈メロウなシャーラタンズ〉という曲で泣けますよ。そして、次の曲“Smash The System”も、この流れは本当に胸がジーンとします。

今回のアルバムのテーマは、ユースから紹介されたというジョセフ・キャンベルの「千の顔をもつ英雄」という本。この本は世界中の神話がすべて同じプロットを持つということを解説していて、「スター・ウォーズ」の物語にも多大な影響を与えたらしい。この本が紹介する、冒険と挑戦の果てに素晴らしい力と知恵をつけた大きな存在――神話伝説の英雄たちが、本作の全体的構想となっているそうです。数々の冒険と挑戦の果てに、最後に素晴らしい力と知恵をつけたシャーラタンズの物語とダブって、感動しそうですよね。じっくりと歌詞カードを読みながら、聴いていきたいです。

ヴォーカルのティムは、ユースにヨーロッパの冬のようなサウンドにしてくれと頼んだそうですが、まさにそんな作品です。ヨーロッパの冬って、凄い寒いようなイメージかもしれませんが、ヨーロッパの冬の朝の光は暖かいオレンジ色でとっても綺麗なんです。ヨーロッパの写真を見ると、黄色い感じがしませんか? あれって、僕にとっては夕方というよりヨーロッパの冬の朝の色なんです。『Who We Touch』はまさにそんなアルバムなんです。60年代のジャック・ブレルとか、スコット・ウォーカーの素晴らしきヨーロッパのアルバムって感じ。スコット・ウォーカーって、アメリカ人ですけど。レコード・ジャケット、じゃなかったCDジャケットもまさに、そんな時代を思い出させてくれる作りです。

初回限定だと思いますが、丁寧に作られた2枚折りの紙ジャケの感じも、その時代のアルバムを思い出させてくれます。デザインは60年代のヨーロッパのプログレと80年代のインディーズのデザインがミックスされたシュールリアリステイックな感じです。クラスのペニー・リンボーがゲスト参加していますが、あのクラスの独特なアルバム・デザインを30年代のヨーロッパの着色で高級にした感じとも言えますね。音だけじゃなく、ジャケットでも持っていたいなと思わせてくれます。なんて思ってジャケットをよく見ていたら、ジャケットのデザイン、クラスのジー・ヴァウチャーでした。ティム、なかなかやるな。

シャーラタンズと世界最高のアナーキー・パンク・バンド、クラスってあんまり繋がらないかもしれませが、ティムのオール・タイム・ベスト・アルバムのトップ10にはクラスの『Penis Envy』が入っているそうだし、今回のアウト・テイクやアーリー・ヴァージョンを収めたボーナス盤には“Throbbing Genesis”なんて、エレクトロな曲が入っていて、〈ティム、お前どこまで80年代インディーが好きなんだよ〉と思ってしまう。“Throbbing Genesis”とは、クラスと対を成すと言ってもいいインディー・レーベル、インダストリアルを仕切り、かつ世界最高のインダストリアル・バンド、ノイズ・バンドであるスロッビング・グリッスルのリーダー、ジェネシス・P・オリッジをくっつけただけ。でもなんか、ティムの気持ちわかるな。あの頃、別にレコードなんか売れなくっても、みんな丁寧にレコードを作っていたよな。1,000枚しか売れなくっても、自分たちでできる範囲でおもしろいことをしていた。ティムはそんな時代を懐かしんでいるのかもしれない。今回ユースにプロデュースを頼んだのもそういうことなのかもしれない。あの時代を知っている人に。

でも、正直なところ、もう1枚『You Cross My Path』のような80年代ニューウェイヴとシャーラタンズを上手くミックスさせたアルバムを聴きたかったんですけどね。でもボブ・ディランとシャーラタンズをミックスさせるという荒技で作られた名盤『Tellin' Stories』が2枚作られなかったように、彼らは2度と同じアルバムは作らないで前進していくのです。僕は応援していきますよ。

 

RELATED POSTS関連記事