碁盤の目のように整然と配置された16×16=256個のLEDボタンを操作することで音楽を奏でることができる電子楽器、TENORI-ON。画面上に浮かび上がるグラフィカルな映像はそのまま音であり、音楽である……と同時に、音符に準ずる〈点〉がそのままヴィジュアルとしても機能する。そんな性質を持つ同ツールを身近で体験できるイヴェントが、タワレコのフリーマガジン「intoxicate」主催で9月13日に行われた。
YAMAHAとの共同開発者である岩井俊雄をスペシャル・ゲストに迎え、Rubyorla、dot i/o(a.k.a. mito from clammbon)、d.v.dといったTENORI-ONの使い手が三者三様のパフォーマンスを繰り広げた当夜。その詳細なレポートをどうぞ。
ライヴを観る感覚で現場を訪れると、会場内に入って最初に目に飛び込んできたのは、試聴機のように設置されたTENORI-ONのブース。この日は、来場者が自由にTENORI-ONに触れることも可能な体験型イヴェントであった。
となると、もちろん試さずにはいられない。乏しい知識をもとに、リズムっぽいものを組んでみたり、メロディーっぽいものを〈描いて〉みたり。するとインストラクターの方が近寄ってきて、基本~応用編までの操作方法を懇切丁寧に教えてくれる。最後までタワーレコードの人であることは言い出せず、申し訳なく思いながらも言われるままに操作していたら、何だか曲っぽいものが完成。満足する。
TENORI-ONはこうして作られた。
出演者のライヴ・パフォーマンスに先駆けて登場したのは、スペシャル・ゲスト=TENORI-ONの開発者である岩井俊雄氏。「スペシャル・ゲストのはずが、なぜか司会のようなことに……」と軽い笑いを誘いながら、TENORI-ON誕生までの歴史が語られる。
着想の原点は手回しオルゴール……と言われているが、まずはそれ以前の話から。YAMAHAが85年頃に作っていたMS-X(PCのキーボードのようなルックスだが、各キーに音符が書いてあるらしい)からゲームと音楽の合体を図ったファミコンソフト、〈OTOCKY〉の開発の話題へ。あまり売れなかったらしいが、Rubyorlaは当時買っていたらしい。
続いて、改めて手回しオルゴールのエピソードが。音を鳴らすための穴が空いたシートを見て、楽譜をある種の図形化、グラフィック化することを思い付き、ふたたびゲームソフトの開発や坂本龍一とのコラボを通過。最終的にTENORI-ONの開発に至った、という変遷を試作品の実物をプレイしながらわかりやすく解説してくれる。
〈TENORI-ON史〉が一通り語られたところで、mixiのTENORI-ONコミュニティー=通称〈テノリ部〉の精鋭5名が登壇し、5台のTENORI-ONを駆使してスピード感溢れる即興演奏を披露。最後にはそれぞれの画面に〈テ・ノ・リ・オ・ン〉と表示される粋な演出で、フロアを沸かす。そして次はいよいよ、ゲスト3組によるライヴ・パフォーマンスへ。
RUBYORLA PLAYS TENORI-ON
最初に登場したのは、今回はソロ名義であるRUBYORLA PLAYS TENORI-ONとして参加したRubyorla。〈15/16拍子だけど、意外と踊れる(?〉新曲を披露する〉と某サイトでつぶやいていたので楽しみにしていたのだが、果たして、この日のセットリストは1曲どころかほとんどが新曲という〈来てよかった〉的な内容。
静謐な旋律のなかから浮かび上がるように刻まれはじめるゆったりとしたビート。スクリーンには、TENORI-ONのLED光をベースとしたVJ。徐々に深くなるダブ効果に会場全体が沈み込んだ瞬間、突如アグレッシヴなブレイクビーツが炸裂したりと、上品さと破綻が同居したオープニングだ。そこからシームレスにイーヴン・キックがフェイドインし、ミニマルに徹しながらも美しい音のグラデーションを描いていく。続いては……これが先述の新曲か。15/16拍子というイレギュラーな拍ながら、確かに身体が動く。
そして、この日のハイライトは何と言ってもレディオヘッド“Everything In Its Right Place”のカヴァーだろう。イントロで観客から歓声が上がるやいなや、少々加工されたメランコリックなヴォーカルが響き渡る。ステージ上のRubyorlaはヘッドフォンを外してまた装着し直していたけど……と口元を注視すると、そこにはマイクが……おっと、本人が歌っている! 繊細な楽曲と控え目な声がマッチしていていい。
ファニーに転がる音のレイヤーと疾走ブレイクビーツがどこかおとぎ話めいた音世界を構築する曲の後は、最新作『16×16(イロ×イロ(色描ける色))』からの唯一の曲となる“NOCTURNAL AIR”で一気に駆け抜けてフィニッシュ。終始2台のTENORI-ONの間を真剣な表情で行き来していたRubyorlaだったが、終演した途端にやや照れたような表情。卓上に飾っていた〈OTOCKY〉のパッケージをアピールしながらステージを去る様が、何だか微笑ましかった。
RUBYORLA PLAYS TENORI-ON セットリスト
01. OPENING(新曲)
02. 新曲
03. 新曲
04. 新曲
05. Everything In Its LIGHT Place
06. 新曲
07. NOCTURNAL AIR (Short Version)
dot i/0
2番手で登場したmito(クラムボン)ことdot i/oは、固めのビートと波のように寄せては返すパイプオルガン風の音色が交錯する“BUTON”で荘厳な幕開け。ヴィブラフォンのような音のリフレインが、夢の入り口に佇んでいるような印象も残す。かと思えば、次第にトライバルな色が濃くなっていったりと、流れが非常にドラマティックだ。
続く“Sip”では、刻々と変化するプリミティヴなビートで場内をフィジカルにロックオン。“Litho”はエコーonエコーな音のレイヤーのなかで、Rubyorla率いるHarp On Mouth Sextetの改造ハーモニカ隊のような金属質の音がメロディアスに歌う。
dot i/oのプレイ・スタイルは、これまで観たTENORI-ON使いのライヴのなかでも視覚的にアクティヴだ。フロアに向けられたTENORI-ONの画面上に次々と置かれていく〈点〉が、図形が、どのリズムを、どのメロディーを指しているかが手に取るようにわかる。ドリルンベースに近い“09”などでは痙攣したようにバウンドし続ける〈点〉との相乗効果でフロアは超絶エキサイト。ブレイクで上がった嬌声に、mitoは合掌で答える。ラストの“yauyua”では2台のTENORI-ONを同時操作していて、その離れ業に圧倒されているうちに終演。降壇前に「ありがとうございました!」と地声でフロアに語りかけていく姿勢が、紳士的かつ真摯的であった。
dot i/o(a.k.a. mito from clammbon) セットリスト
01. BUTON
02. Sip
03. Litho
04. NAKED SPECK
05. SHIRO
06. 09
07. yauyua (Mtaltdm Remix)
d.v.d
そして、トリを務めたのはd.v.d。TENORI-ONの画面上の点とスクリーン上のカラフルな点がシンクロし、ユーモラスに弾む。その様を目の当たりにした観客からは「おおっ!」と感嘆の声が。さらに、2台のドラムが叩き出すリズムが同じフィールド上で視覚化されると、「おおおっ!!!」とどよめきが。この日のためにitokenが用意してきたという新曲“ito29”もそうだが、人格を持っているかのようにコミカルな動きをする図形とサウンドとの同期が本当に楽しい。
「どうも、d.v.dです! d.v.dはドラム・ヴィジュアル・ドラムです! ドラム vs ドラムじゃないですよ! 僕たちはトリで、こんなプリミティヴな使い方でいいのかと思うほど、Rubyorlaさんもmitoさんもすごかったんですけど……」
といった、Jimanicaによる飄々としたMCも場の空気を和ませる。
中盤の2曲を経て、「次の曲はちょっとだけ浮気してもいいですか? Wiiのリモコン使ってもいいですか?」――そんな浮気宣言が成されて披露されたのは、スラップスティックをまんま音像化したような“ito18”。ギターの音がたわむようなサウンドに合わせて足の生えた球体がドタバタとスクリーン上を走り回り、障害物が落ちてくるたびにビックリしたように変形する。
どこかオリエンタル調の“jima13”の後には「僕たち、明後日からヨーロッパ・ツアーに出るんですけど、前売り、取り置き中なんで! 遊びに来てください! 必ず!!」といった無茶ぶり的なライヴ告知が挿入され、ステージはいよいよエンディングへ。ダイナミックにロールするビートとチップ・チューン風のウワモノがダンサブルなグルーヴを生み出す鉄板曲“jima11”だ。人型の記号が直線的に踊っているが、実際の人に置き換えたら高速の盆踊りかラジオ体操か、といった動きである。さすがに同じ振り付けで踊る人はいなかったが、フロア全体をハッピーに揺らして、3組すべてのパフォーマンスは終了した。
d.v.d セットリスト
01. ito17
02. ito29
03. jima8
04. ito19
05. ito18
06. jima13
07. jima11
そしてイヴェント自体のフィナーレは、d.v.dによるドラムロール+映像付きの、TENORI-ONが当たる抽選会。当選したのは若い女の子で、ものすごく嬉しそうだった。ぜひテノリ部に入って、いつか演奏を披露してもらいたい。