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Hank Jones

公開
2010/09/24   23:18
更新
2010/09/24   23:26
ソース
intoxicate vol.87 (2010年8月20日発行)
テキスト
text : 大村幸則

90歳を過ぎてもその演奏に緊張感を漲らせ続けた真のジャズ・グレイト!
────追悼 ハンク・ジョーンズ

ハンク・ジョーンズを初めて生で聴く機会に恵まれたのは、1976年に開催された『ピアノ・プレイハウス』出演のため来日したときのことで、それ以来、何度もその〈モダン版テディ・ウィルソン〉と言いたくなるような最高に趣味の良いピアノに触れ、そのたびに大きな感動を与えられてきたのだけれど、一番驚かされたのは、彼が80年の秋にソニー・スティットと共にやってきたときのステージだった。スティットに刺激されたのか、ちょっと本気を出してオーセンティックなビ・バップ・スタイルを披露したハンクさんのすごかったこと! 全盛期のバド・パウエルはこんなだったのではないかと想像してしまうほどの力強いタッチとスリリングなフレイズに思わず鳥肌が立ってしまったのだ。でも、そんなとき以外のハンクさんは、ひたすら周りのミュージシャンたちに気を遣いつつリラックスしたプレイで僕たちを楽しませてくれたのだが、毎年のように来日を重ね、いつの間にか70歳を過ぎ、80歳を過ぎるようになっても、それまでとまったく変わらぬ覇気に満ちたプレイを繰り広げる彼を見ていると、何か永遠に元気なまま僕たちの前で演奏し続けてくれるのではないかと思ってしまったものだった。ハンクさんも「最低120歳までは生きるつもり…」と語っていたらしいのだけれど、残念ながら現実はやはりそれを許してはくれなかった。92歳の誕生日を迎える少し前の今年5月16日、ブルックリンで多くの人に惜しまれつつ世を去ってしまったのだ。

1918年にミシシッピ州ヴィックスバーグで生まれ、ミシガン州ポンティアックで育ったハンク・ジョーンズは、1944年、ビ・バップの隆盛著しいニューヨークに進出、バップの語法を身につけつつそれ以前のスタイルにも精通していたことで多くのミュージシャンに重宝がられ、チャーリー・パーカーなどのビ・バッパーたちと共演する一方、J.A.T.P.の一員として、あるいはベニー・グッドマンの下などでも重要な役割を果たしたことはご存知のとおり。レコーディングにも引っ張り凧のハンクさんだったが、どちらかというと母国アメリカ合衆国のジャズ・シーンではずっと地味な存在であり続け、リーダーとして大きく脚光を浴びることは少なかった。そんな彼に改めて目を向け、さらにはそれまで秘められていた魅力さえ引き出してしまったのは、日本のジャズ・ファン、そして日本のジャズ関係者たちだった。これは大いに誇るべきことだと思う。きっかけは、ハンクさんのトリオ作品を75年に制作した日本の【East Wind】レーベルが、その翌年にハンクさんを中心とするオール・スター・グループ〈ザ・グレイト・ジャズ・トリオ〉をデビューさせたことだった。以来、ハンクさんは日本で人気者となって次々とレコーディングを重ね、来日も重ねていったわけだが、今年の2月に新しいメンバーから成る〈ザ・グレイト・ジャズ・トリオ〉を率いてやってきたのがハンクさん最後の来日となってしまった。でも、ブルーノートでの公演を終えた後にこのトリオはレコーディングを残してくれていたのだ。それが『ラスト・レコーディング』というタイトルのアルバムで、ブルーノートのステージに飛び入りしてトリオと共演していたロイ・ハーグローヴがここにも参加、2曲で素晴らしいトランペット・プレイを披露している。ハンクさんも元気いっぱいで、《ビギン・ザ・ビギン》のような古い曲から《カンタロープ・アイランド》まで幅広いレパートリーを何とも楽しそうに料理しており、CDを聴いている限りとてもこれから3ヶ月足らずで亡くなってしまう人の演奏とは思えない。それにしても、長生きするミュージシャンが多いとはいえ、90歳を過ぎてここまで聴き手を納得させ、心から感動させるほど内容の濃い演奏ができるというのはちょっと信じ難いことだ。同じピアニストで言えば、ホロヴィッツは86歳で亡くなる直前までレコーディングを続け、95歳まで生きたルービンシュタインは89歳のときにラスト・レコーディングを行って引退しているが、どちらも晩年のプレイにはかなり指使いに乱れが見られると同時に、やや注意力が散漫になっている部分も感じられた。それが当たり前だと思うのだけれど、ハンクさんの集中力は最後までまったく衰えを見せなかったのだからほんとうに凄い。

ところで、この『ラスト・レコーディング』というCDには11曲が収められているが、そこから8曲をカッティングしたアナログ盤も9月29日に完全生産限定でリリースされるという。また、ハンクさんがザ・グレイト・ジャズ・トリオで2004年から2010年までに残した未発表録音の中から10曲を選び、そこにKeiko Lee、TOKU、寺久保エレナがハンクさんへの弔意を込めてオーヴァー・ダビングを施した『メモリアル・オブ・ハンク・ジョーンズ ~未発表作品集~』というCDも出るらしい。早くこれを聴いてハンクさんを偲びたいものだ。