ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場 の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、今年65歳になるニール・ヤングが、1本のギターと自身の声だけで作り上げたニュー・アルバム『Le Noise』について。ロックンロール誕生時の衝撃を封じたかのような本作は、まるで美術館に飾ってあるモネの絵のように高尚で――。
素晴らしい。素晴らしいことが一杯ありすぎて全部書けるかどうかわからないけど、とにかく書いていこう。YouTubeでその全貌が観られるんで、それを見てからCDを買ってほしいというか、観たら欲しくなるでしょう。ヴィニール盤のほうも欲しくなるかも。
何が素晴らしいって、今年65歳になるオッサンがこんなにロックなのが最高じゃないですか。ドラムもベースもない、全曲ニール・ヤングの歌と声だけなんですけど、こんなにもロックなんですよ。1曲目の“Walk With Me”なんてノエル・ギャラガーが歌いながらギターを掻き鳴らしているかのようにサイケデリックなロックなんです。65歳のオッサンがノエル・ギャラガーやピート・ドハーティのようにギターと自分の声だけですべてを曝け出してもこんなに魅力的だなんて、45歳の俺にもまだ夢と希望があるかのように錯覚してしまいますよ。ボブ・ディランだったら……ボブ・ディランはいまもやっているか。ジョン・レノンだったら、もちろん同じように力強く歌えたでしょう。いや、クールなジョンだからここまでの熱さはなかったはず。そこがジョンのかっこ良さです。
ニール・ヤングも別にそんな暑苦しいわけでじゃありません。“Angry World”を聴けば、それがひしひしと伝わってくる。ただ、いまの世の中のことを歌っているだけなのだ。それなのにこんなに心揺さぶられるのだ。
これはニール・ヤングの新作というよりダニエル・ラノワの自宅に作られたスタジオで録られただけの音源という感じがする。どこかベックのレコード・クラブやナイジェル・ゴッドリッチが数々のミュージシャンを公開録音した〈From The Basement〉に近い感じがする。
完璧にセットされたスタジオにニール・ヤングが入ってきて、ダニエルが自分のギルドM-20という小さなアコギを手渡すとニールは“Love And War”を弾き出した、こうして今回のレコーディングは始まったとYouTubeでダニエル・ラノワが語っているが、ニール・ヤングの新作というより、ニール・ヤングという表現者をタイム・カプセルに閉じ込めて、未来の人に〈21世紀にはこんな芸術家がいたんだよ〉と伝えようとしているかのように感じる。いままでのアーティストが作った作品にはやはり、どこかプロダクトの匂いがした。しかしぼくは、この『Le Noise』に、美術館に飾ってあるモネの絵のような高尚さを感じてしまうのだ。 売れることも評価も何も考えず、アーティストがただ単に歌っているだけという。
「50年代のロックンロールはこうして作られていた」とダニエル・ラノワが語っているけど、まさにその通りだと思う。エルヴィス・プレスリーは自身の初レコーディングが上手くいかず、このままだと自分のミュージシャンとしてのキャリアが閉ざされると思い、自分のギターを手に自分の声とリズムで古いブルース“That’s All Right”を歌った。その時、ロックンロールは誕生したのだ。それと同じ衝撃が『Le Noise』からは感じられるのだ。
そして、最後に僕が言いたいのは『Le Noise』はギター1本とニール・ヤングの声だけで実験的に作られているということ。でも根本にあるのは、ロックンロールのリズムなんだよな。これがやっぱり凄いと思う。ニール・ヤングは、65歳になってもロックンロールなのだ。