続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。静養先の小さな温泉が気に入った私は、滞留を続けながら小説を執筆していた。
ある日、まだ朝露の残る時間に散歩を始めた私は、いつもより少し遠くまで歩くことに決めた。携帯プレイヤーで聴いていたソフト・ロック・グループ、インナー・ダイアログの70年作『Friend』(Ranwood/Big Pink/ヴィヴィド)が心を浮き立たせてくれているのも、そうさせた理由のひとつである。バカラック“Raindrops Keep Fallin' On My Head”などを粋な編曲で聴かせてくれるのが嬉しい。
丘を越えた先に美しい雑木林があり、そのまま小道に沿って進んでみる。30分ほど緑のなかを歩き続けると、まるで林に混ざり込むように、一軒の童話めいた小さな西洋風の家が唐突に現れた。窓から覗いてみると、小さな暖炉があり、椅子があり、木机がある。机の上には数枚のCDが置かれている。ロイ・オービソン『The Last Concert: December 4 1988』(Eagle)か。死去する2日前の最終公演を収めた貴重な音源で、何かを悟ったような歌声が優しく切ない逸品だ。
さらに、80sギター・ポップのなかでももっともストレートなメロディーで嫌味のない青春サウンドを鳴らしたボディーンズの88年作『Played』(Magnet/Diffuse Echo)とは、なかなかの通好みである。
私はどうしてもこの瀟洒な家のなかに入ってみたくなり、玄関で声をかけたが返事がない。試しにノブを回してみると扉が静かに開いた。途端にイーグルスもカヴァーした美しき名曲“Seven Bridges Road”が聴こえてきた。スワンプ〜南部系の隠れた名シンガー、スティーヴ・ヤングの71年作『Rock Salt & Nails』(A&M/Edsel/ヴィヴィド)を流しているに違いない。素敵な趣味である。暖色に統一された部屋のなかを見回していた私は、ある一点に視線を釘付けにされた。ロッキングチェアの上に大きなヒキガエルが乗っかって、じっと私の顔を見ているのだ。私たちは長い間にらめっこを続けたが、根負けした私はなんだか愉快な気持ちになり、家を出た。
帰り際にふたたび窓際からなかを覗くと、椅子の上のカエルが〈妙な奴に驚かされたなあ〉と喋ったような気がした。はてな?と思った私がまばたきをした瞬間、奴は黒眼鏡の老人に変身して、2枚組で再発されたポップで洒脱でオールドタイミーなジャズ・シンガー、デイヴ・フリッシュバーグの傑作にして、カエル・ジャケで有名な70年作『Oklahoma Toad』(CTI/MUZAK)をかけはじめた。
心地良い初秋の午前である。ひっそりした山の雑木原のなかである。