アメリカを編纂する男、スフィアンの新境地
現代アメリカ音楽界最強(狂)の妄想王子が帰ってきた。この夏にネット配信されたミニ・アルバム(とはいっても1時間弱もある)『All Delighted People』や、インスト主体の企画盤『BQE』、クリスマス・ソング集の『Songs For Christmas』等をはさみ、歌入りの本格的なオリジナル・フル・アルバムとしては、名盤『イリノイ』以来5年ぶりということになる。
スフィアン・ワールドの醍醐味は、ストーリーテリングとしてのフォーク・ソング、ブリル・ビルディングやティン・パン・アレイ、バーバンク・サウンド等の系譜を受け継ぐ黄金ポップス、そしてコープランドやアイヴス、グローフェ、グラス等々の20世紀米クラシック(現代音楽)などの魔術的混交──つまりアメリカ音楽/文化/歴史の絵巻的総覧にある。宗教的/神話的な思考と歌詞も含め、その妄想の総合力と演出力において、現在彼を凌ぐ米人音楽家はなかなか思い浮かばない。
そうした妄想力が今作でも爆発しているのは、言うまでもない。サウンド・プロダクションの点では、クラシック的手法とエレクトロニカの融合、そして黒いフィーリングの導入が、今作の大きなポイントだろうか。壮大かつ緻密なスコアリングが過去最も際立った『BQE』を土台に、01年の2作目『Enjoy Your Rabbit』で見せたようなエレクトロニカ・マナーも復活させたような趣なのだ。そして、その電子音も、けっして優雅ではなく、エイフェックス・ツインのような暴虐さ、破天荒さをまとっているし、また、ヴォコーダーでのロボット・ヴォイスや黒っぽいメロディには、プリンスやモータウン系の影も窺える。過去にはなかった新局面だ。
なんでもこの新作、ロイヤル・ロバートソンなるアウトサイダー・アートの黒人看板画家の作品をモティーフにしているらしいが、宇宙に向けて愛やセックス、死、神などについて黙示録的かつ分裂症的に歌いまくる姿は、とりもなおさずスフィアン自身がアメリカという文化空間におけるアウトサイダー・アーティストでもあったことを、改めて示しているようだ。