続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。静養先の小さな温泉が気に入った私は、滞留を続けながら小説を執筆していた。私が妖気と戦慄に満ちた美少年・真珠太郎を目撃したのは、村外れの湖畔における深沈たる真夜中のことであった。
それは隣町唯一のCD屋でポール・マッカートニー&ザ・ウィングス『Band On The Run Deluxe Edition』(Apple/Hear Music/ユニバーサル)を購入した帰路だった。73年に発表された歴史的名盤が、レア音源満載の2CDにDVDまで加えた豪華仕様で再発されたのだから嬉しいことこのうえない。有頂天の私はどこで道を間違えたのか、気付くと暗く淀んだ湖の前にいた。
「ククク……ついに手に入れたぞ、70~90年代にTVで披露されたライヴ音源から成るトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ『Live On Air』(Northworld)を! しかもボブ・ディラン参加曲が2つもあるぜ!」。
ふいに笑いを押し殺したような囁きが聞こえたので目を凝らすと、湖岸に伸びた柳の木の下で、月光を浴びながら全身から燐光を放つ若い男がCDを抱えて佇んでいた。
「ロジャー・ニコルスがプロデュース&作曲で大きく関わった稀代のポップ名盤、ポール・ウィリアムズの70年作『Someday Man』(Reprise/Cherry Red/ATOZ)の新装版も嬉しいぜ。何せ初出の12曲がボートラに追加だ、フフフ……」。
霧に包まれた宝石のような、頽廃的な気配が漂う恐ろしいほどに美しい男子である。どうやら私の存在には気付いてないらしい。
「そしてキャロル・キングの元旦那、ジェリー・ゴフィンのレア音源集『It's Ain't Exactly Entertainment Demo & Other Session』(Big Pink/ヴィヴィド)も素晴らしいじゃないか。11曲のうち8曲は完全な未発表で、男の哀愁滲むアーシーなスワンプ・ロックを聴かせてくれるんだからな」。
私は村人の言葉を思い出していた。村外れに妖しい美少年が住んでいるということを。なぜか古い洋楽ばかり聴いているということを。その名は真珠太郎。
「でももっとも嬉しいのは、ブリティッシュ・フォーク畑から登場したわりには、異様なほどポップさが図抜けたアル・スチュワートの72年作『Orange』(Columbia/クリンク)だよな。叙情的なメロディーも良いけど、何せ貴公子然としたアルは俺に似てるもんな、ククク……」。
そんな独り言を聞きながら、あの少年には間違いなく友達が一人もいないだろうという余計な確信を胸に秘め、私は真夜中の湖畔をそっと後にした。