「トラブルだったりハプニングだったり……(中略)……そういうのを全部ひっくるめてのライヴ感を大事にしたい」。
みずからの名を冠した初音源のインタヴューにおいて石井秀仁はそう語っているが、12月2日の東京・恵比寿LIQUIDROOM――XA-VATの正式なお披露目となったワンマン・ライヴは、上述の発言がすなわち予言となった滑り出しだった。
ステージ上に登場したメンバーは“ZEROTICA”のPVとほぼ同じ衣装とヘアメイク。なので当然免疫(?)はできていたはず……なのだけど、実物が目の前で動いている(蠢いている、と言ったほうが絵的にしっくりくるかもしれない)と、やはり強烈なインパクトだ。モードで、アーティーで、とんでもなく前衛的。けれど、受け手の理解を超えるものではない。それは石井がシングル『XA-VAT』を象徴する存在として挙げていたグレイス・ジョーンズ然り、その現代版とも言えるレディ・ガガ然り。もはや半分ヒトではないフォルムになっている場合もあるが、突き抜けたファッションがそのままエンターテインメントに結び付いている。
ひっきりなしに上がる黄色い声援。なかには黄色くないけど男子の声も。石井、Kozi、SADIE PINK GALAXY、小間貴雄と、それぞれが独立したプロジェクトを動かしている面々だけに、個々のファンがそれぞれ駆け付けているのだろう。そのなかに外国人もチラホラ混じっていたり、ゴスを中心としたスタイリッシュな装いの人たちもかなりの数いたりで、お客さんの層がなんだかもうカオティックである。
石井が「XA-VATです」と挨拶すると、打ち込みのリズムとシンセ・リフがSEのように流れはじめる。徐々にリズムが変化していき、いよいよオープニングに突入か……と思った途端、突然音が止まる。
「トラブル! なかなかアヴァンギャルドな」と石井。続いて「ワァーオッ!!」と奇声。
「いい感じで、緊張の糸がほぐれただろ?」。
そうしてふたたび先ほどのリズム+シンセがフェイドイン。そこに金属質のギターが斬り込むと冒頭曲に雪崩れ込む。クラッシャーなビートと扇動的なシンセベースが入り乱れながら加速するアッパーなナンバーだ。サビではっきりと聴き取れる〈Get Up Boy〉という歌詞に合わせ、観客たちは初っ端から拳を上げる。
次は、間髪入れずに“ZEROTICA”。音源で聴いた時点でも〈おお!〉と思ってはいたが、3声のコーラスワークをド迫力でキメられた日には、身を乗り出さずにはいられない。この曲に限らず、4人全員で歌いまくる場面がこのあとも多く見られたのだけど、彼らの声音は楽曲ごとが持つ世界観をよりくっきりと際立たせる。ハモリが美しいことは前提として、ある曲では攻撃性を、別の曲では甘さを増幅していく。
さらに立て続けて新曲。速めのBPMで高らかに飛翔していくサビとキャッチーなキメが印象的。Kozi、SADIE、小間の3人が同時に右手を挙げて観客を煽るなど、明るいレイヴ感があった。
ここでMC(以下、特に説明がないものはすべて石井の発言)。まず最初に「後ろの、ただで入ってる関係者ももっと盛り上がりなさい」と後方エリアへダメ出しをしたあと、「じゃあ、ひとつだけ……」とつぶやくと、そのまま沈黙。言葉を待とうと、飛び交っていた声援がピタリと止む。そして、放たれた台詞はこうである。
「こんなにたくさん人がいるんだから、必ずグッズは完売しないと」。
この日はMCが少なめだったが、石井はそのただでさえ少ないMCの半分以上でグッズの購入を呼び掛けるという斬新なトークを展開。大人のしたたかさが前面に押し出されたこの感じは悪くないし、それは会場内にも伝わっていたのだろう、しまいにはグッズの話題が出るたびに笑いが起きていた。
「それじゃあ、お馴染みのダンス・ナンバーで」。
〈お馴染みの?〉といぶかしむ場内をよそに、硬いキックが等間隔で鳴り響く。〈以心伝心〉〈VAT-DANCE〉という歌詞とエレドラの乱打が印象に残る楽曲からシームレスに4つ打ちが変化すると、そのまま沢田研二“晴れのちBLUE BOY”のカヴァーへ。テクノ歌謡として知られている楽曲でもあるし、岡村靖幸もMySpace上でカヴァーしているのでそれ繋がりの選曲なのかもしれないが、XA-VATのオリジナル曲の如くハマっている。SADIEはステージ上手に設置されたエレドラ・キットに向かい、Koziはステージのギリギリ前方まで出て行ってフロアを先導。そんな見せ場を経て、ノイジーなSEが会場内に緊張感を生み出すと――といっても、その間にギターのストラップを下からはく人(SADIE)を見て笑ってしまったのだが――超速でひた走るシンフォニックなシンセ・リフ&ハンマー・ビートに不穏なギターが襲い掛かる楽曲で、スリリングに会場を圧倒する。
さらにSEを挟むと、今度はメロディアスかつセンティメンタルに振り切った楽曲へ移行。可憐とも言えるシンセのフレーズとコーラスワークが特にロマンティック。『XA-VAT』とはまた違った方向性を提示するサウンドだが、サビでは観客たちがまるで振り付けのように左右に手を振るという現象が起きていた。
「俺の頭、大丈夫か? 遠くのほうにいる人は帽子かぶってるように見えるかもしれないけども、これ、髪の毛なんで」。
「ア~トネイチャ~♪」と、すかさずツッコむSADIE。まあ、多少の増毛(?)はあっただろうが、まさかの地毛……というよりも、彼の場合はあたりまえに地毛、と言うべきなのかもしれない。そして、この毛髪製の伯爵令嬢風ハットをセレブかぶりしたようなヘアスタイルがあつらえたように(あつらえているんだけれども)似合っている、ということ自体がすごい。
「もっと、あれじゃないの? 何か、足らないんじゃないの?」。
何のことかわからず、ざわめくフロア。そして次に畳み掛けられた言葉は「……お前ら、ホントにグッズは買ったのか?」。
「それでは1曲……1曲じゃないんだけども、いい感じのやつ……いや、全部いい感じなんだけども……」。
と、披露されたのは、原曲より先に岡村靖幸によるリミックス・ヴァージョンが公開された“NUMANS-ROXETTE”。これがまた、超ファンキーなスラップ・ベースが全編を貫いているわ、〈岡村ちゃん節〉丸出しの歌が挿入されるわ、ラストはキレッキレのアコギのカッティングで締められるわで、もはやリミックスというか……リアレンジ?というか、半ば共作?と言いたくなるほどの常軌を逸した岡村靖幸ぶりで度肝を抜かれたわけだが、元の曲は〈XA-VATのスウィート・サイド〉とも言える雰囲気である。個人的にはフックのあるブリッジからキャッチーなサビへと抜ける展開で、〈Romanticが止まらない〉状態に。
硬質なキックがマシナリーに刻まれるなかで石井が「おもしろいもの、見せてやるよ」と挑発すると、フロントの3人がハンドマイクでステージ前方に出る。ロボ声も交えたハーモニーを撒き散らしながら艶かしく動き回る異形の人々は、背後からのストロボライトでシルエットだけが照らし出されるという演出によって妖しさ全開。最後は小間も交えた4声となっていたが、3人のヴォーカリストとシンセ、というフリーダムもいいところな編成である。
「楽しんでますか? グッズは買いましたか?」と石井。
「僕らええ服、着てるやんか? 金、要んねん」とSADIEも援護。
「ラスト……の前の曲とラストの曲」と宣告されると、どこかで聴いたリフが……と思ったら、ビリー・アイドル“Rebel Yell”のカヴァーである。ほとんどを加工声、サビだけを生声でド派手に歌い上げるというエレポップ+ハード・ロック仕様でフロアのテンションを上げると、「最後」というあっけない一言を合図にコズミックなSEが場内を漂いはじめ……ラストは“XANADOoM”。ショルダーキーボードに持ち替えたSADIEと凶悪なギターを掻き鳴らすKoziは、両サイドからフロアに向かってグラマラスにアピール。怒涛のビートの渦に会場を巻き込んで、本編が終了した。
「最後にひとつだけ言っておくけれども、グッズだけは買えよ」。
「じゃあ1曲だけ、最新の、とっておきのやつを」。
そんなあっさりとしたMCと共にアンコールで演奏されたのは、確かに最新の、とっておきの曲である“ZEROTICA”。だが、(冒頭の部分だけかもしれないが)シンセ・リフの音飾が2曲目で披露された(つまり音源)とは異なっていたと思う。パフォーマンスをフィニッシュすると、やはりあっさりめにメンバーは退場。ポーカーフェイスに徹していたKoziは、ここで初めて両手を頭上に掲げて拍手しながらステージ袖へと消えていった。
今回のライヴを観て改めて思ったのは、彼らには決めごとがまったくないのだ、ということ。ヴォーカル、ギター×2、シンセ/エレクトリック・ドラムといった、元からのイレギュラーな編成すらもステージ上では無効となっていたし、楽曲の構成要素も、メンバーそれぞれのキャリアから考えるとブレがなく、しかもブレがないままに交配している点がおもしろい。各々の個性の配合バランスによって、楽曲がロックに振れたり、クラブ・ミュージックに振れたりする。
あと、どことなく80年代~90年代初頭のソニー(特にエピック)っぽい……というか、そういったオマージュ(あるいはメタファー)が散りばめられているような気もした。他にもSADIE→和製(というか、一人)ジグ・ジグ・スパトニック→元ジェネレーションXのメンバーが在籍……という連想から今回カヴァーを披露したビリー・アイドルにも繋がったりと、このバンドはいろいろと深読みできる、という楽しさもある。大きく括れば〈80s〉ということにはなるが、広義のニューウェイヴから「ベストヒットUSA」、はたまた日本の歌謡番組まで、当時氾濫していた膨大な音楽的情報が、そこにはある。
ただし、この日のライヴがこのあと控えるアルバムの入り口になっているのかどうかはわからない。『XA-VAT』の話からは外れてしまうのでインタヴュー本文からは割愛したのだが、取材の際に石井は「90年代でおもしろいのないかな、って思って、ジーザス・ジョーンズみたいな曲を作ってみたんだけど……ヴォーカルも当時のマイク・エドワーズみたいなダミ声で歌ってやろうかなと思ったんだけど(笑)、サムくなりすぎてボツにした」「テクノとかエレクトロとかって、ドスドスしたキックの4つ打ちで、ハイハットも〈ツチツチツチ……〉っていうのが80年代だとしたら、90年代のバンドものって、〈ズンズンカン・ツカ・ツカツン・カン!〉とかなんですよね。16の細かいやつで、ちゃんとやらないとただの〈わかってない人〉みたいに聴こえるんです(笑)。そこを出したかったんですけどね」というようなことを話していて、そこからは制作過程でさまざまな切り口を試していることが垣間見えたし、そういった作業を通過したうえで最終的に〈80s〉な曲が並んでいるのだとしたら、それはそれで業にも近いアイデンティティーになるのではないか、と思う。
話を元に戻そう。この日のパフォーマンスはトータルで約1時間。ほぼ新曲だったため、筆者は会場の後方で〈聴く〉ことに集中していたが、それがもどかしく思うほどにフィジカルかつヴァリアブルなダンス・ビートが終始鳴り続けていた。一方でステージの上は〈魅せる〉人たちだらけなので、フロアでは〈観る派〉と〈踊る派〉にきれいに分かれていて、そこが彼らのライヴの特徴かなあ、と思った次第。ほぼ全員がほとんどの曲を当日初めて耳にする、という特殊な状況だったので、次回以降はどうなのかわからないが。
最後に。CDの帯に記載のジャンルが〈FASHION〉となっているだけあって(?)、彼らの物販は非常にレヴェルが高いです。だからグッズをあれだけ推すのもわかるし、この公演のチケットに付属していたパンフレットもフォトジェニックなものだった、ということを念のために付け加えておきます。