ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、オアシス解散後にリアム・ギャラガーが結成した注目の新バンド、ビーディ・アイのデビュー・アルバム『Different Gear, Still Speeding』について。ノエルの脱退劇は、もしかしたら彼なりの荒療治だったのかもしれない――。
ビーディ・アイの初アルバム『Different Gear, Still Speeding』、いいじゃないですか。どんな感じかと言えば、古き良き時代を懐かしむようなジャケットの感じそのままですよ。60年代後半、アメリカのサイケに影響されながらも、イギリス的な匂いがぷんぷんしていた英国のサイケ・バンド、トラフィックやブラインド・フェイスなんかもこんなイメージでしたよね。だから、ぼくもビーディ・アイに、そんなバンドと同じ空気を感じました。
ポール・ウェラーの近年のソロもこんな感じですよね。ウェラー大先生には怒られるかもしれませんが、ビーディ・アイのほうがフレッシュでロックンロールしていていいなと思いました。リアムやるじゃないか、です。
1枚目のシングル“Bring The Light”は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド“White Light/White Heat”の壊れたピアノを高速で演奏しているようなかっこいいロックンロール・ナンバー。2枚目のシングル“The Roller”はリアムお得意のジョン・レノンな曲。アルバムにはもう1曲ジョン・レノンな“Three Ring Circus”が入っているんですが、どちらも、『Double Fantasy』の頃のジョンっぽいんですよね。主夫になったジョン・レノンがシーンに戻ってきた時の声に似ているなとぼくは思うのです。それがどんな声なのか、説明するのが難しいんですけど。復帰してからのジョンの声にはエゴがないような気がするんです。エゴの固まりだったようなジョン・レノンからエゴがなくなって、神様のような声に聴こえるんです。“(Just Like) Starting Over”を聴いていると、そんな人が殺されちゃったのかと思って、むっちゃ泣けてしまうのです。
ジョンが復活した理由は息子のショーンに自分がミュージシャンだったということを見せてあげたかったからということになっていますが、当時のインタヴューを読むと「(ヨーコさんのあのヴォーカルを採り入れた)B-52'sを聴いて、ついにヨーコの時代が来た」と思って活動を再開したという、びっくらこいた動機だったので、なんか吹っ切れているなと思いました。
リアムのヴォーカルもそうですよね。なぜノエルがオアシスを脱退したのかは謎なままですが、リアムにとっては本当にショックなことだったと思います。本人も「15年以上もいっしょにやってきたのに、いま頃になって俺とバンドが続けられなくなった? 訳わかんねーよ」と「rockin’on」1月号で児島由紀子さんに語っているように、何が何なのかわかんないと思うんですよ。吹っ切れるしかなかった。そして、出来たのがこのアルバム。現存する世界最高のロックンロール・バンドが初心に戻って、一から出直すなんてことは誰もできなかったのに、彼らはやったのです。ノエルは怒るでしょうが、オアシスにあったヘヴィーさがなくなり、ライトでフレッシュなサイケデリック・ロックンロール・アルバムが生まれたのです。リアムのピュアさがなければ出来なかったでしょう。
ぼくの思い過ごしかもしれませんが、後期のオアシスでノエルがずっとめざしていたのは、メンバーが全員対等な、民主的なバンドだったような気がするんです。そしてビーディ・アイを聴くと、まさにそんなバンドなんですよね。だからノエルの脱退は、彼なりの荒療治だったのかな、と思えてしまうんです。ノエルも思っているでしょうね。またオアシスをやることがあったら、今度はみんなが対等に曲を書くバンドになるだろうな、と。ノエルが誰もいないところで「あいつらファッキン・グレイトなアルバム作りやがったぜ」と言っているのは間違いないと思います。