ワルシャワ/パリ/マヨルカ/ノアンを舞台に、ショパンの〈愛と哀しみ〉をリアルに描き出す。
歴史に名を刻む音楽家を素材にした映画作品はジャンルを問わず数多存在するが、今年の春から初夏にかけて、日本のスクリーンにはクラシックの偉大な作曲家たちの人生がいくつも蘇ることになりそうだ。ここではその先陣を切って公開される(昨年の生誕200thアニヴァーサリーによる盛り上がりの余韻もまだ温かい)ショパンを主人公にした映画を紹介しよう。
作曲家人生のほぼ全てをピアノ曲に費やし、様々なスタイルで美しい旋律の数々を残した〈ピアノの詩人〉ショパン。ともすれば私たちは彼の音楽から、どこか甘く切ないロマンティックな香りや、パリ社交界の輝かしい華~優雅なサロンの雰囲気を感じて、そのイメージに魅了されがちだ。しかし一方で、実際のショパンの短い生涯がいかに苦渋に満ち、暗く重たいものであったかについても目を向けないわけにはいかない。受難の嵐にさらされたポーランドを離れて亡命者となり、二度と祖国に帰ることのなかった彼、幼い頃から病弱で、長年〈肺病〉に苦しめられ続けた彼、孤独ゆえに愛を追い求め、それを手にした時間のあまりに短かった彼、それらの全てがショパン芸術の血となって作品の中に注ぎ込まれているのだから。その意味で、ポーランド製作の本作『ショパン 愛と哀しみの旋律』は母国が誇る作曲家の生涯を、舞台となった場所での撮影にこだわり、ひたすら忠実に辿った重厚な作品と言えるが、そこに描かれている、神経質で不健康そうな表情のショパン像は衝撃的ですらある。
物語の幕開けは帝政ロシア支配下のワルシャワ。この地に君臨する皇帝の弟コンスタンティン大公…野蛮な暴君として描かれているこの男に若いショパンが度々呼びつけられ、演奏させられていたというのは史実のようだ。ただ、大公の暗殺を企てて失敗した者たちが見せしめのために枷をはめられ、重いリアカーを押しながら街を歩く姿をみつめるショパンはあまりに無力で、まるで逃げるようにしてパリに行き着くのが印象的だ。
パリでショパンが出会うのが、彼の運命の女性ジョルジュ・サンド。本作はこの悲劇的な恋愛を中心に描かれており、その観どころのひとつがサンド一家とスペインのマヨルカ島を訪れるエピソードだ。人々の好奇の目から逃れるようにしてパリを脱出したはずの彼らが、保守的な島の民に歓迎されず、廃墟のような修道院での暮らしが、ショパンの健康を蝕んでいく様子がロケによる撮影で見事に再現されている。送ったピアノが届かず、作曲の仕事がはかどらずに苛つく彼が、サンドをめぐって彼女の息子のモーリスと対立し、精神的にも追い詰められていく姿もリアル。加えて、モーリス役の俳優がショパン役と双子のように似ており、実際は10歳以上離れていた二人がサンドにとっては、共に庇護するべき〈息子〉であったことを象徴しているかのようで面白い。
また、フランスに戻った彼らが落ち着く、田舎町ノアンの風景も美しい。もっともここで、年頃の娘に成長したサンドの娘ソランジュも加わり、一家とショパンの不協和音は次第に高まり、破局へと向かうのであるが…。
そんな愛憎渦巻く本作のなかにあって、音楽は輝いている。監督が選曲作業に2年も費やしたという20曲あまりがドラマと密接に結びつき、時にそれぞれの内面までも雄弁に語り尽くす。演奏家として日本が誇るピアニスト横山幸雄の名前がクレジットされているのも嬉しい。また1991年の映画『ソフィー・マルソーの愛人日記』(※凄い邦題だ!)でショパン役を好演し(※ちなみにソフィーはソランジュ役を熱演していた)、2002年の『戦場のピアニスト』のサントラにも参加していたポーランド音楽界の至宝、ヤーヌシュ・オレイニチャクが演奏する《ワルツ第19番》や《夜想曲21番》にも心を掴まれるはずだ。
映画『ショパン 愛と哀しみの旋律』
監督:イェジ・アントチャク
出演:ピョートル・アダムチク/ダヌタ・ステンカ/ボジェナ・スタフーラ/アダム・ヴォロノーヴィチ
音楽:チェロ:ヨーヨー・マ、ピアノ:ヤーヌシュ・オレイニチャク、横山幸雄
配給:ショウゲート (2002年 ポーランド 126分)
◎ 2011年3月5日(土)より、シネスイッチ銀座他にて公開
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