キキーッ!(クルマのブレーキ音)〈Baby, Get On My Cadillac〉〈Oh No I Wanna Dance My Cha Cha〉――男女の掛け合い、そしてホイッスルを合図に始まる陽気なリズム。86年夏に放映されていたTVドラマ「男女7人夏物語」(主演:明石家さんま、大竹しのぶ)で、毎回クライマックス~エンディングを飾っていた曲が石井明美“CHA-CHA-CHA”。彼女のデビュー曲となったこのナンバーが、ドラマの高視聴率とシンクロするようにヒット・チャートを賑わせていた〈その時〉、音楽シーンのトレンド、その風向きが確かに変わったのでした。
「男女7人夏物語」は働き盛り、遊び盛り、恋愛盛りの20代後半~30代前半の男女を主人公に当時のトレンド・カルチャーをシーンの随所に散りばめた、後に〈トレンディー・ドラマの元祖〉と呼ばれるようになったドラマ。その主題歌“CHA-CHA-CHA”は、イタリアのグループ、フィンツィ・コンティーニが85年に本国でヒットさせた楽曲の日本語カヴァーで、ディスコ=遊び人文化の発信地から生まれたこの曲のヒットをきっかけに、日本の音楽シーンでは流行のダンス・ミュージック、主にユーロ系ダンス・ポップの日本語カヴァーがトレンドになったのでした。同年10月には長山洋子“ヴィーナス”(バナナラマ)、翌87年にはBabe“Give Me Up”(マイケル・フォーチュナティ)、早見優“ハートは戻らない(Get out of my life)”(レディ・リリー)、「男女7人夏物語」の続編「男女7人秋物語」の主題歌となった森川由加里“SHOW ME”(カヴァー・ガールズ)や88年にはWink“愛が止まらない~Turn It Into Love~”(カイリー・ミノーグ)などなど。原曲のリリース(もしくはディスコ・シーンでの流行)とほぼリアルタイム、もしくは一年ほどのタイムラグでカヴァーされたそれらのヒット曲たちは、バブル景気による第二次ディスコ・ブームの追い風も受け、日本のポップス・シーンに新しい風を吹かせていったのです。
ダンス・ポップの日本語カヴァーは、80年代末のバンド・ブーム勃発でトレンディーさを失い、その後はTK(小室哲哉)サウンドにバトンを渡す形となりましたが、世紀末~新世紀にかけて一瞬その息を吹き返しました。郷ひろみ“GOLDFINGER '99”(リッキー・マーティン)、西城秀樹“Bailamos”(エンリケ・イグレシアス)、島谷ひとみ“ パピヨン~papillon~”(ジャネット・ジャクソン)、ジュエミリア“ALL THE THINGS SHE SAID”(t.A.T.u.)――実は大竹しのぶもアルバムでひっそり“CHA-CHA-CHA”をカヴァーしていたり。干支ひと回りでやってくるブームだとしたら、そろそろまた?
トレンディーなその時々
石井明美・森川由加里 『GOLDEN☆BEST 石井明美・森川由加里』 ソニー
原曲はさほど浸透していないってくらいインパクトの強いカヴァー曲を授かったゆえか、トレンディーな時期も短かったお2人ですが、“CHA-CHA-CHA”“SHOW ME”をはじめこの時期のダンス・ポップ・カヴァーがその後のTKブーム=〈Dance meets J-Pop〉の下地を作ったと言っても過言じゃないでしょう。石井明美の“ランバダ”カヴァーはJ.Lo効果でいまが旬?
BaBe 『Blavo!+シングルコレクション』 ポニーキャニオン
石井同様、ドラマの主題歌となったマイケル・フォーチュナティのカヴァー“Give Me Up”でブレイクしたダンス・ヴォーカル・デュオ。ハツラツとしたキャラクターも親しまれ、その後も“I Don't Know!”やサマンサ・ジルズのカヴァー“Hold Me!”などのヒットを飛ばし、ユーロビートの申し子的な存在に。
Wink 『Wink Memories 1988-1996』 ポリスター
ブレイクした“愛が止まらない~Turn It Into Love~”や“涙をみせないで~Boys Don't Cry~”(ムーラン・ルージュ)などカヴァー・ヒットもさることながら、欧州テイストを盛り込んだ“淋しい熱帯魚”などのオリジナル・ヒットも忘れ難い。〈無表情なアイドル〉という独自のトレンドも生み出した。
中山美穂 『COLLECTION I』 キング
カヴァー・ヒットがトレンドを築くなか、筒美京平作“WAKU WAKUさせて”、小室哲哉作“50/50”、角松敏生作“CATCH ME”などオリジナルのダンス・ポップでトレンディーなヒット曲を送り出していたミポリン。90年代以降にハウスや渋谷系などとも接触した彼女は、歌手のみならず女優としてもトレンディーでした。