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映画『瞳の奥の秘密/El Secreto De Sus Ojos』

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公開
2011/03/29   18:08
更新
2011/03/29   18:23
ソース
intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)
テキスト
text:高野直人(秋葉原店)

劇場公開時の『瞳の奥の秘密』には驚いた。『おくりびと』の翌年のアカデミー賞外国語映画賞作品だと言うくらいしか目立ったところのないように見えた(失礼!)アルゼンチン映画に人が殺到していることにだった! 実際に劇場に行って納得した。映画学生から、定年を迎えたような老夫婦まで、多種多様な観客の層に幅の広いこと! 結論として、近年ここまで幅広い年齢層に支持された「大人の映画」もないのではないか!

お話は、犯罪サスペンスを主軸に展開する。ブエノスアイレスの連邦刑事裁判所を定年退職した主人公が、25年前に起きた新妻惨殺事件を巡って小説を書くところから始まる。アル中の同僚と、エリートで美人で自分より若い女上司が、真犯人を捕まえる為に違法の捜査も辞さす、時にコミカルなまでの捕り物帖は当時のアルゼンチンの不穏な政治情勢とともに思わぬ展開を見せ始める。犯人や被害者の夫を含めて、それぞれの人物造形が実に魅力的であることに驚かされる。犯人は誰か?という映画ではなく、犯人を含めた人物像の魅力で見る者を圧倒していく。

定年を迎えた主人公が25年前の事件を小説にすることで取り戻そうとする。それはまた、その小説執筆を相談するかつての美人上司との秘められた愛を取り戻すことでもあるだろう。映画は、サスペンスと恋愛映画の間を揺れ動き始める。次第に映画のもう一つの主役が、25年という歳月であることが炙り出されてくる。

この25年の歳月を見せる演出が素晴らしい。まず何よりも役者である。現在のアメリカ映画や日本映画の主役の低年齢化現象に真っ向から対立する〈味わいのある顔〉たちであり、同一の役者たちがメイクや仕草といった基本的な作法によって〈25年〉の歳月を生きてみせるのだ。

アルモドバルも驚嘆したというフアン・ホセ・カンパネラの演出が見事である。基本的な作法だけではない。実に大胆でもある。例えば、誰もが驚かずにはいられないサッカー場での長廻し! 上空からカメラが下降していき、客席の主人公の顔までクローズアップ。そこで、カットを割らずに競技場内での犯人とのチェイスを追っていくという、故・今野雄二さんも大絶叫の凄まじいシーンだ!大胆さは、驚愕のラストシーンにも言える(これは、映画を実際にご覧になって確認して頂きたい!)

骨太で大胆な映画であり演出であるが、何よりもそういった作法が前面に出すぎない慎ましさにこそ、この映画の美点がある。重苦しい犯罪ドラマという主軸から軽やかな恋愛映画の容貌を垣間見せるとともに、脇役たちに至るまでそれぞれの〈瞳の奥の秘密〉に胸を熱くしない人はいないはずだ。様々な愛情・友情が25年の歳月と共に立ち現れるとき、あなたの瞳の奥にはどんな秘密が映っているだろうか?

映画『瞳の奥の秘密/El Secreto De Sus Ojos』

監督:ファン・ホセ・カンパネラ
音楽:フェデリコ・フシド
出演:リカルド・ダリン/ソレダ・ビジャミル/パブロ・ラゴ/ハビエル・ゴディーノ/ホセ・ルイス・ジョイア
2009年 スペイン=アルゼンチン