ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ストリーツの5作目にしてラスト・アルバムとなる新作『Computers And Blues』について。ありふれた日常をおもしろおかしくラップしてきたマイク・スキナーの物語。その最終章とは――?
ストリーツ――というか、マイク・スキナーが帰ってきてくれたよ。前作『Everything Is Borrowed』は、そのタイトルのように、すべてが借り物。マイク・スキナーの物語よりもなんか寓話のような話だったけど、今回ではまたマイク・スキナーの物語が始まったのだ。これで終わりだけどね。
ストリーツの2作目『A Grand Don't Come For Free』は本当にヤバかった。彼女と旅行にでも行こうと貯めていたグランド(1,000ポンド。当時だと20万円くらい)が消えた物語。たったそれだけの物語なんだけど、どれだけ笑わされたことか。出だしの“It Was Supposed to Be So Easy”(簡単なはずだったのに)からヤバい。マイク・スキナーが今日やろうと思っていたことをラップするところからこの曲は始まる。
〈DVDを返しに行く、ATMでお金をおろす、母親にお茶を呑みに行けないと電話する、そして、貯めたお金を取りに家に帰る〉――それは誰もがすること、簡単なこと。でも〈DVDの中身を忘れて返せなく、ATMにはお金がなく〉と続く。〈DVDの中身を忘れて返せない〉ということはよくありますよね。わかる、わかるって感じ。でも〈ATMにお金がない〉って、日本の人はビックリするでしょう。どういうことって、でも外国ではよくあることなんですよ。外国だと深夜にお金がなくなると、使えるATMを探して3軒くらいハシゴするのがあたりまえだったりするんです。
凄い行列に加え、自分の前のおばあちゃんがドン臭くって、お金をおろすまで凄い時間がかかって……というのを、マイク・スキナーはおもしろおかしくラップします。そして、やっと自分の番が回ってきたと思ったら、〈このATMにはもうお金がありません〉という表示。こんな百年前の4コマ漫画みたいなネタをおもしろおかしくラップできるのはマイク・スキナーだけですよ。エミネムも、ジェイ・Zも、カニエ・ウェストもできない。マシンガンも、ドラッグも、グラマーなネーチャンも出てこない。出てくるのは行列と、おばあちゃんと、使えないATM。これこそ、俺たちのラップだと思いますよ。
こうした日常の不運が、“Get Out Of My House”で彼女と別れたり、といった物語を生んでいくんです。そして最後には悲しいけど、男として、ちゃんとしなければならないと歌う“Dry Your Eyes”で幕を閉じる。でも悲しいだけじゃ救われないから、オマケの“Empty Cans”でなくなっていた1,000ポンドが出てきたりします。ザ・フーのロック・オペラの傑作『Tommy』とかを完全に抜いてますよ。
次の『The Hardest Way To Make An Easy Living』では、売れた自分をおもしろおかしくラップしています。ジャケットからおもしろいですよね。売れていい車を買えたけど、マイク・スキナーの表情は、エンストして困っている顔に見えます。このアルバムでいちばんおもしろいのは、やっぱ音楽業界の滑稽さを見事にラップしてる“The Hardest Way To Make An Easy Living”かな。〈500万でかっこいいヴィデオ、それとも150万でダサいヴィデオ、どっちにする? ふざけんじゃないよ〉とありそうな話が満載で笑いが止まりません。
そんなマイク・スキナーが、新作『Computers And Blues』で見事に戻ってきてくれましたよ。まだ歌詞はチェックしていないけど、ジャケットを見るだけで、わかる。1枚目の『Original Pirate Material』のような低所得者向けの高層住宅じゃなく、ちょっとだけ高級になったマンションが写し出されている。そんな金持ちじゃないけど、真面目に働いたら買えるくらいのフラット。今回のラップは、まさにそんな感じだと思う。PVもそんな感じだった。いろんなことがあったけど、なんか好きな彼女と上手くいきそうな感じ。そうそう、家庭的なほんわかした感じがこのストリーツの最後のアルバムからは感じられれるのです。最後はやっぱ愛ってことですよ。
いま日本中のすべての人が悲しい思いに打ちひしがれていると思います。それは家を失くしたとか、全財産を失くした人がいるからじゃなく、家族といういちばん大事なものが壊れそうな人たちがたくさんいるということへの悲しさなんだと思います。英語は難しいかもしれませんけど、歌詞カードを片手にチェックしてみてください。笑える箇所が満載だと思います。