ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、68年のデビュー作『Joni Mitchell』からの10作品がSHM-CD仕様として紙ジャケット化されたジョニ・ミッチェルについて。目の前を通り過ぎる風景を眺めるように、当時のフォーク・シーンやヒッピー文化を〈美しい歌〉として記録してきた彼女。その初期の4枚のアルバムにフォーカスしてみれば――。
ジョニ・ミッチェル、天才! なんてことを書こうと思っていたら、なんとジョニ・ミッチェル、モルジェロン病という奇病にかかっているということがWikipediaに書かれていた。町山智浩さんの〈未公開映画を観るTV〉でもこの病気についての映画を紹介していたので、その存在を知っている人もいるかと思うのですが、謎の病気なんです。体のなかから繊維みたいなのが出てくる病気で、それが寄生虫なのか、何なのかまったくわかっていないのです。ほとんどのお医者さんは、患者さんの精神的なものなんじゃないかと疑っていたりするんですけど、じゃ、この青と赤の繊維はなんなの?と、謎は深まるばかりです。ジョニ・ミッチェルは2010年の4月22日発行の「LAタイムス」でこの病気にかかったことを「宇宙からの病気にかかってしまったような気持ちだけど、身体はいたって健康よ」と強いことを言っておられるが、僕の大好きな人がそんな病気にかかってしまって本当に心配です。
70年のワイト島で、暴徒となった客がアコーステックなジョニ・ミッチェルを「そんな女々しいフォーク止めろ」とヤジり、「聴いてよ、聴いてよ」と泣きながら訴えるジョニ・ミッチェルを見て、何十年も前のことなのに、「お前ら。俺のジョニ・ミッチェルにナニさらすんや」と怒鳴ってしまった。強そうだけど、そういう人でもあるんです。でも60万人の観衆の前でに野次られながらも歌い切った彼女は偉い。
しかし、この時のお客には本当にムカつく。ストーンズのオルタモントのフリー・コンサートで、警備をしていたヘルス・エンジェルスが黒人の少年をナイフで殺した事件がここ日本では〈ヒッピーの終焉〉と言われているけど、ウッドストックの次の年に行われ、客が「主催者やバンドはお金を取りすぎだ、俺たちにはタダで見る権利がある」とバカなヒッピー理論でフェンスを壊すなどの暴動を起こしたワイト島のコンサートが、海外ではヒッピーの理想主義を完全にぶち壊した日として記録されている。
本当むちゃくちゃですよ。ヒッピーのことを歌ったというか、ウッドストックのアンセム曲である“Woodstock”を作った人にあんな暴言を吐き続けるなんて。ウッドストックの翌日には主催者たちがその業績を讃えたTV番組があって、ジョニ・ミッチェルはそこでウッドストック参加者の若者たちに囲まれながらこの“Woodstock”を歌うのですが、あの夢の3日間の最後を締め括る相応しいパフォーマンスでした。たぶんYouTubeで探せると思います。それはそれは心打たれる、歴史的瞬間です。
ジョニ・ミッチェルの初期の3枚『Joni Mitchell』『Clouds』『Ladies Of The Canyon』はフォーク・シーンやヒッピー文化を見事に記録しています。詩人ジョニ・ミッチェルはその歴史を、熱くなることなく、目の前を通り過ぎる風景を眺めるように、美しく歌い上げています。その当時のことをまったく知らなくても、込み上げてくるものがあります。あの時代を知らない人も、知っている人も、一度ちゃんと歌詞カードを読みながら、その歌のなかで描かれている光景や人々の思いを、古い写真を見るように再確認することをお薦めします。
でも、僕がいちばんお薦めするのは、レッド・ツェッペリンにも多大なる影響を与えた4枚目『Blue』です。これは歌詞なんかどうでもいい、と言ったらぶっ殺されるかもしれませんが、ダブル・ドロップDにしたジョニ・ミッチェルのアコギと彼女の澄んだ声の織り成す、音のマジックが最高です。ジェイムズ・テイラーのギターとの絡みも本当に気持ちいいです。いま、ジャック・ジョンソンとか好きな人にも聴いてほしいです。ギターと声だけで別世界に行かせてくれます。昔レッド・ツェペリンのジミー・ペイジが〈夢はジョニ・ミッチェルが枕元でギターの弾き語りをしてくれること〉と言っていましたが、ジミーも僕もきっと死ぬ時はそれを願うんでしょうね。
この後、ジャズ、ロック、ニュー・ウェイヴといろいろな音楽を採り入れていくジョニ・ミッチェルですが、僕はまずこの4枚を大推薦します。そして窓を開け、夏が始まる前の春の日差しと風を浴びながら聴くことをお薦めします。