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第23回――薬師丸ひろ子

連載
その時 歴史は動いた
公開
2011/05/13   21:32
更新
2011/05/13   21:32
ソース
bounce 330号 (2011年3月25日発行)
テキスト
文・ディスクガイド/久保田泰平

 

遡ること30年前、日本の音楽シーンはアイドル歌手たちの台頭によって活況を呈していました。松田聖子、田原俊彦、河合奈保子、近藤真彦などなど——いまでは考えられませんが、どこかのチャンネルに合わせれば毎日のように歌番組が放送されていて、彼らの活躍ぶりをお茶の間で楽しむことができた、そんな頃。その一方で、彼らとはまったく出自の異なるスターが登場しました。その名は薬師丸ひろ子。78年に公開された映画「野生の証明」のオーディションをきっかけにデビューを果たした彼女は、アイドル歌手ではなく〈銀幕女優〉であり、TVに出演することはほとんどありませんでしたが、むしろその距離感がお茶の間アイドルとは別の価値観を生み出し、デビュー間もない頃から注目を集めていました。ブロマイドや写真集もアイドル並みのセールスを記録、映画離れしていたティーンエイジャーを劇場に呼び戻す原動力にもなった彼女は、81年公開の主演作「セーラー服と機関銃」で幅広い層における知名度を一気に上げ、さらにみずからが歌った同名主題歌をオリコン・チャートの一位に送り込んだ〈その時〉から、歌手としても類稀な才能を発揮していくのでした。

彼女のヴォーカルは、瑞々しい声の質感と清楚で礼儀正しい歌い方が個性的で、〈ぶりっ子〉演出や歌唱力の拙さをキャッチとしている同世代の女子アイドルとは真逆の魅力を輝かせていました。そんな彼女の歌声は、錚々たる作家陣が編んだ楽曲——“探偵物語”(大瀧詠一)、“メイン・テーマ”(南佳孝)、“Woman "Wの悲劇" より”(呉田軽穂)、“あなたを・もっと・知りたくて”(筒美京平)、“ステキな恋の忘れ方”(井上陽水)などなど——によって、時に可愛らしく、時にシリアスに、時に妖しく、時に朗らかなニュアンスを湛えながら銀幕での彼女同様にさまざまな表情や温度感を放ち、〈歌う女優〉としての豊かな才能とセンスでリスナーを強く惹きつけていったのです。ヒット曲の多くは出演映画の主題歌になっているもので、映画の名セリフと共に印象深く記憶に刻まれているものも当然ながら多いのですが、その魅力は映画と切り離しても光るものがあり、劇場に足を運ぶファン以外にも訴求する〈力強さ〉を持ったものだったのです。

90年代初頭までコンスタントにヒット曲を送り続けていた彼女も、その後は歌手活動を落ち着かせていましたが、昨年20年ぶりにコンサートを開き、先立っては11年ぶりとなるシングル“僕の宝物”(主演映画「わさお」主題歌)を発表。その歌声が聴き手にもたらすときめきは、あの頃とまったくお変わりなく……。

 

薬師丸ひろ子のその時々

 

薬師丸ひろ子 『歌物語』 EMI Music Japan(2010)

“セーラー服と機関銃”で歌手デビューしたのが17歳の時。初めてTVの歌番組に出演した時の緊張した面持ちが強く印象に残っているのだけど、彼女がここまで滋味深い楽曲を送り出し続けるとはその時まったく予想できませんでした。やはりハイライトは20歳の時に歌ったユーミン作“Wo-man "Wの悲劇" より”。ユーミン曲を数多く歌ってきた聖子ちゃんもこの領域には辿り着けなかった。

渡辺典子 『アイドル・ミラクルバイブル・シリーズ2004 渡辺典子ベスト』 コロムビア

82年に行われた角川映画オーディションのグランプリ。「晴れ、ときどき殺人」「いつか誰かが殺される」「結婚案内ミステリー」など主演作にはミステリーが多く、歌手としても憂いのある歌声でひろ子とは別路線を築いていきました。大きなヒットには恵まれませんでしたが……。

原田知世 『DREAM PRICE 1000 時をかける少女』 ソニー

典子がグランプリで知世は特別賞。ひろ子と典子との〈角川三人娘〉の末っ娘としてTV版「セーラー服と機関銃」で主演デビュー。ピュアな歌声で「時をかける少女」「愛情物語」「天国にいちばん近い島」など主演映画の主題歌を立て続けにヒットさせたが、シンガーとしてのハイライトはその先にもまだまだ。

安藤裕子 『大人のまじめなカバーシリーズ』 cutting edge(2011)

「木更津キャッツアイ」の美礼先生に対してこちらは「池袋ウエストゲートパーク」のチョイ役というさりげない〈クドカン〉仲間。それはさておき、オリジナルを凌駕する出来映えのカヴァー“Woman "Wの悲劇" より”ですよ!……あっ、2010年版「Wの悲劇」にクドカン出てたな(笑)。

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