Salyuと盟友・七尾旅人の〈salyu×salyu〉に至るまでの思い
シンガーとして10年以上のキャリアを持つSalyuが、コーネリアスこと小山田圭吾の全面プロデュースで作品を発表する。今年1月、そんなニュースがアナウンスされた際はかなり大きな話題となった。プロデュースはもちろん、ラリ・プナのカヴァーを除いて作曲はすべて小山田、作詞にはゆらゆら帝国解散後の動向が注目される坂本慎太郎や□□□の一員としても活動するいとうせいこうらが顔を揃え、新たな邂逅と共にSalyuの未知なる可能性がまさに引き出されんとしていたからだ。そんなSalyu大改革プロジェクト、その名も〈salyu×salyu(サリュ・バイ・サリュ)〉のファースト・アルバム『s(o)und(b)eams』でリリックを担当している一人が七尾旅人。彼の昨年のアルバム『billion voices』でSalyuがすでにヴォーカル参加していたように、今回の制作陣のなかでは彼女ともっとも付き合いが深い。今回、正式には初めての対談になるという2人に訊くと、その出会いはSalyuが19歳の頃に遡るという。
「昔、Salyuちゃんのデビュー前のデモを聴かせてもらって衝撃を受けて。途方もない歌い手が現れたと思った。プリミティヴなんだけど、その後に流行するスピリチュアル系のヴォーカリストとはまったく違う。高い技術と、詩的な倍音を探り当てる感受性。ミュータントとしか言いようがなかったんだよね。日本のポップスのなかでは珍しい、まったくのオリジナルとして声を出すことをやっていたと思うな」(七尾旅人)。
「それは旅人くんもそう。いっしょに仕事をしたことはなかったんだけど、個人的に『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』(2002年)とかを聴きまくっていたの。その頃、ずっとなかなか寝られない時期が続いていたんだけど、目を覚ましてはお裁縫とかをしながら(笑)聴いてましたね。ただ音楽を聴くというよりも、なんかお話をしてもらっているような感じ」(Salyu)。
「それは嬉しいな。俺、小さい頃は実際、妹と弟に毎日即興の創作話をして寝かしつけてたからね。そういう原体験がいまの自分の創作に反映されていると思うし、そこを見抜いたSalyuちゃんは俺の音楽の深いところを理解してくれてるんだよな」(七尾)。
「日本のポップスが脱皮し大人として自立していく瞬間」——七尾は歌い手としてのSalyuの個性をそのように例える。そして、それはやはり10代で異形のシンガー・ソングライターとして90年代後半にシーンに登場した彼自身も同じ。そういう意味でも、ほぼ同世代(実年齢はSalyuがひとつ下)の2人は共に新たな時代の到来を予見させる異分子だったと言える。だが、3枚組の大作『911 FANTASIA』(2007年)などを経て、昨年『billion voices』で表現者として一皮剥けるまで試行錯誤を重ねていた七尾同様、小さい頃からピアノと合唱をやり、10代で映画「リリィ・シュシュのすべて」から派生したユニット=Lily Chou-Chouのヴォーカルとしてデビュー、華やかな舞台で活躍していたSalyuも、異分子として自分の領域を広げていくタイミングを求めていたのかも。
「僕は作詞の仕事をしたことがなかったんで、本当は自信もやる気もなかった(笑)。でも小山田さんとSalyuちゃんと3人で初めて打ち合わせをした時に“Sailing Days”を聴いて、〈これは関わらせていただきたいな〉と思って」(七尾)。
「最初は断るつもりだったの(笑)? 私はね、紙に呼ばれる言葉使いと、音符に愛される言葉とはまったく別だと思うの。旅人くんの場合は後者で、メロディーがどんな発語を待っているか、みたいなのが直感でわかる。フレーズに対する洞察力がすごくあるんだよね。旅人くんのその〈詩というサウンド〉をいただきたいなって思って」(Salyu)。
『s(o)und(b)eams』のなかで七尾が作詞を担当しているのは“Sailing Days”と“レインブーツで踊りましょう”の2曲。複雑な譜割りの曲が並ぶなかで、あくまでメロディーと言葉をスムーズに寄り添わせてあるのが特徴的だし、リリックの内容もSalyuのチャーミングな表情が素直にデフォルメされた、実に愛らしい仕上がりとなっている。
「自分の歌詞がいいなんて一度も思ったことがないよ。トラックが持っている音響構造と歌い手のパーソナリティーを繋ぐことが自分にできる唯一のことだと思っているから、僕が今回貢献できたのはそこだったと思う。ただ、Salyuちゃんの可愛らしいところを引き出せたという自負はあるかな。とはいえ、今回勉強になったのはむしろ俺のほうなんだよね(笑)」(七尾)。
「そんなことないよ~! 日頃愛している音楽に対する嗅覚のようなものを、旅人くんはかなり細かいところまで落とし込んでくれたからね。私ができることはやっぱり歌うことだし、そこに自分の居場所があると思ってるんで、今度はいっしょに音作りからやろうよ。スタジオで音をループさせたりしてさ!」(Salyu)。
▼七尾旅人の作品を紹介。
左から、2010年作『billion voices』(felicity)、2002年作『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』(WONDERGROUND)
▼Salyuの作品を紹介。
2010年作『MAIDEN VOYAGE』(トイズファクトリー)